染める私と読める君
霖しのぐ
第1章・読める君との出会い
第1話 染める私を取り巻くもの
「草壁さん。染めろ、とは誰も言ってないけど」
「すみません」
私――いわゆる落ちこぼれの超能力者は、今日の訓練でもティッシュの中身を全て別の色に染めただけだった。
担当の先生は目の前に散らかった色とりどりの成果物には目もくれず、ロングヘアを弄びながらため息をつき、ゆっくりと立ち上がる。
「……ありがとうございました」
一応挨拶をしたけれど、先生は振り返りもせずに訓練室を後にした。無視されるなんていつものことである。部屋に一人になった私は、ティッシュを遠慮なくゴミ箱に放り込んでから大あくびをして、ついでにぐぐっと伸びをする。
頭を締め付けていた脳波測定用のヘッドセットを外して、思いっきり息を吸い込んでもまだ目の前がぼんやりする。まだ朝の八時になったところなのに、一日の終わりかと錯覚するほどに私はすっかり疲れ切っていた。
ため息をつきながら、訓練が始まる前に購買で買っておいたブドウ糖飲料のパウチを開けた。超能力者御用達の、疲れた脳にダイレクトに効くゲロ甘ドリンクだ。
口にくわえて中身を吸いながらカバンを持ち廊下に出ると、同じく朝の訓練を受けていた生徒たちが、ホームルームの教室を目指して廊下をバラバラと歩いていた。私もゆっくりとその流れに乗る。
――私、
今は法律で義務付けられている超能力訓練過程を受けるために、
朝一番に顔を合わせた人に不機嫌を丸出しにされるのは、気分が重いなあと思う。能力訓練担当の星名先生は、いつまでもティッシュ一枚浮かせられない私のことを目の敵とでも思っているらしい。
こんな出来損ないの生徒を指導させられるのが不服なのかもしれないけれど、仕事なんだから我慢して欲しいというのが正直な気持ちだ。
普通教科を担当する先生はそうでもないけど、超能力担当の先生は落ちこぼれというか、変わった能力持ちの私に対する蔑みを隠そうともしない人も多い。最悪なことに、担当の星名先生がその筆頭だ。
さて、超能力は主にESP――【超感覚的知覚】と、PK――【念力】の二種類、その複合型に分類される。多くの能力者はESPかPKのいずれかに適性を示す。
代表的な超能力といえば、
そして、私の能力。自由自在にモノの色を変えられる『染色』は、そのいずれにも当てはまらないものとして、UNK――【不詳】に分類されている。なお、私にはESPやPKの適性はない。
とはいえ、私が色を変えられるのは、未知の波長の念力で微妙に性質を変えているからなのでは? と偉い学者が推測したらしく、現在訓練で取り組んでいるのはもっぱらPKの分野、念動や念写だ。もしかすると感覚を掴めるかもしれない、といった理由で。
けれど、二年半毎日コツコツ頑張った結果は先ほどのとおり。ティッシュは染まれど浮かびはせず。まるでダメというやつである。
私の力はとても珍しいけれど、それに他の能力のような価値があるかといえば話は別。悲しいことに、【不詳】の能力者は揃って利用価値がないとみなされ、相応の扱いを受けてしまう。規格外の野菜や果物が、店に並ぶことなく捨てられてしまうことがあるのと少し似ているかもしれない。
「あっ、【不詳】だ」
「大した能力も使えないのに、なんで堂々と学校来られるわけぇ? ここは超能力者の学校だよぉ」
「何にもできないくせに、それ飲まなきゃいけないの?」
今日も教室に入ったとたん、この仕打ちである。ドアの前に控えていた私と同じ制服を着た同じ性別の人間二名が、飽きもせずに私のことをせせら笑ってくるのだ。
しかし私は構わずにその目の前を通過。相変わらずコロンがきついな。誰へのアピールなんだろう、なんて思いながら、空になったパウチをゴミ箱に放り込んだ。
そのまま窓際の自分の席に目指すと、ピッタリとあとを付けてきやがる。まるで金魚のフンみたい。ああ、ふたりともトイレに流してしまいたい。
ちなみにコイツらは念動の使い手。手を触れずに物体を動かすことができて、非能力者の皆さんにもお馴染みの『ザ・超能力』だ。
世の中ではどこに行ってもとてもありがたがられ、能力者の性格の良し悪しは問われない。私の背後でさえずりつづけて、今日も朝から元気みたいだ。
「ティッシュ一枚浮かせられないってどんな気持ちなんだろ」
「わかんなーい」
『超能力と社会倫理』の授業で、非能力者、もしくは自分より能力の弱い者を決して差別してはいけないと口酸っぱく言われるのに、その可愛いお耳にはピアス用の穴しか開いていないらしい。まあ、先生にすら守れないものを生徒に守れというのは無理な話か。
はあ、ほんとクソだわ……という感じ。しかし、怒っても悲しんでも相手を喜ばせるだけ。あいつらの楽しみのためにピエロになってやる理由もないので、私も彼女たちと同様に耳の穴を塞いでしまうまで。
とにかくこっちは根比べに自信がある。蔑みに慣れてしまって何の反応もできなくなった、というのが正しいのかもしれないけど。
なんとしても私の気を引きたいのか悪口はなおも続くけれど、構わず目線を外に放り投げた。耳元を飛ぶ羽虫は徹底無視に限る。放っておけばそのうち飽きるだろう。
さて、窓ガラスの向こうには、どんよりとした私の心とは打って変わった雲ひとつない晴天が広がっている。わずかに赤が混ざった薄青、セレストブルーの空だ。こんな能力を持っているせいか、色彩には人よりもほんの少し詳しくなってしまっている。
だから高校はデザイン科を志望していたけど、超能力持ちだったせいで指定校以外に行くことは許されなかった。だからわざわざ片道二時間半もかけて、こんな合いもしない学校に来ている。まったく、理不尽の極みだと思う。
ああもう帰りたいなと思ったそのとき、ずっと鼓膜を引っ掻いていたクスクス笑いが不自然に止まった。
――出た。とは言えお化けの類ではない。王子様だ。
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