第14話

布団に突っ伏してウトウトとしていると、部屋の入り口の方から

「お食事お持ちしましたよ~。」という声が聞こえた。

慌てて布団の上に座ると襖がさっと開いて、女将さんがお膳を持って入ってきた。

寝ぐせでボサボサになっている僕の髪を見て、

「だいぶお疲れだったみたいですね。」と言って女将さんは面白そうに笑った。

40歳前後くらいだろうか。小柄だけれど姿勢が良く、着物の着こなしが見事な人だった。


夕食には地元の食材を使った山菜の天ぷらやそば、ワカサギ丼などが並んでいた。

食べてみると期待通りどれも美味しくて、女将さんが注いでくれる冷えたビールに良く合った。


食後に膨れたお腹をさすっていると、女将さんがお膳を片付けながら

「今日はどこか行かれたんですか?」と尋ねた。

「はい。あの、霧ヶ峰高原をドライブしてました。」と僕は笑って答えた。

「今の時期だったら、ニッコウキスゲが綺麗だったでしょう。」と女将さんは僕の方をみて言った。

「ニッコウキスゲって、もしかしてあの黄色とオレンジの中間みたいな色をした花ですか?」

「そう、だいたい6月から7月くらいになるとね、一面に咲いて、本当に絵になるんですよ。」


そうだ、絵だ。とその時僕は思い出した。確か緑川さんが描いた絵にもニッコウキスゲが描かれていた。もしかしたらあの絵も今の時期に描かれたものなのかも知れない。

僕はリュックサックから緑川さんの絵を引っ張り出して、女将さんに

「あのー、多分分からないとは思うんですけれど、ここに描かれてる小さな家って見覚えあったりしますか?うちの姉が言うには、この絵は霧ヶ峰高原で描かれたものに間違いないって言うんですよ。」と聞いてみた。


正直なところ全然期待していなかったのだが、女将さんは「んー」と言って緑川さんの絵を覗き込むと、

「これって、緑川真紀子さんのいらっしゃった家じゃなくて?」と言った。

「え、ご存じなんですか?」と僕が驚いて尋ねると、女将さんは当たり前のように

「そりゃあ知ってますよ。緑川さんはここら辺の土地じゃあ超が付くほどの有名人ですからね。亡くなられてから、もう10年近く経ちますかね。今は代わりに娘さんが住んでいらっしゃるって話ですけれど。」と言って頷いた。


僕は思わず立ち上がって、

「そう!その娘さんです!その人を探して僕はここまで来たんですよ。」と言った。

気付いたら自分でもびっくりする位大きな声を出していて、女将さんは僕を見上げてポカンと口を開けていた。

それを見て僕は少し恥ずかしくなり、

「いや、そんなに大した知り合いじゃなくて、ただの高校の同級生なんですけどね。」と言ってまた座り込んだ。


女将さんはクスクスと笑って、

「そんなら、聞いてもらって良かったですわ。明日、道順を書いた地図をお渡ししますね。」と言ってくれた。

「ありがとうございます。助かりましたわ~。」と言って僕は何度も頭を下げた。


女将さんが部屋から出て行った後、僕は天井につるされた電灯の光を眺めながら、明日という日に何が起こるのかぼんやりと考えていた。

緑川さんは10年ぶりに訪ねてきた(しかも大して親しくなかった)高校の同級生を見てどう思うだろうか?普通に考えたら迷惑でしかない気がしてきた。あるいは緑川さんには、すでに家族がいるのかも知れない。28歳の女性であればそういう事もあり得る。


「まあ、考えても仕方がないか。」と僕は天井のしみを数えながらつぶやいた。

普段は自分の家以外では夜遅くまで眠れないのに、その日は気が付くと、電灯も消さず眠りに落ちてしまっていた。

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