天才少女緑川さん

渚 孝人

第1話

高校生の時って、学年に1人は「天才」と呼ばれている人がいるものだ。僕の通っていた高校の同級生に「天才と言えば誰?」と聞いたら、みんな「天才と言えば緑川さんでしょ!」と口をそろえると思う。彼女は見た目からして、他の人とは違うオーラを放っていた。


まるで絵の中から出てきたかのような美しい黒髪、手足が長くて細身のスタイル、大きな瞳。成績はもちろんトップクラスだが、彼女の1番の才能はなんと言っても絵だった。


世界的に有名な洋画家を母に持ち、美術の教師は彼女の絵を一目見て「自分より断然上手い」と絶賛した。僕も何枚か作品を見せてもらったが、高校生が描いたものとはとても思えないほどの才能に溢れていた。


高校を卒業してから今まで2回ほど同窓会があったのだが、そのどちらにも彼女は来ていなかった。密かに緑川さんのファンだった僕は少しがっかりして、周りに消息を尋ねてみたのだが、知っている人は誰一人としていなかった。

「緑川さんはこういうの好きじゃなさそうだから来ないでしょ。SNSもやってないんじゃない?」と言って、みんなは肩をすくめた。




高校卒業から10年が経ち、僕はいつの間にか28歳になっていた。大学卒業後の約6年間がむしゃらに働いてきた訳だったが、一応社内でも信頼されるポジションになったし、ここら辺でまとまって休みたいな、と僕は思った。


7月から有給を消化したいんですが、とおずおずと言ってみると、部長は何とむしろ喜んでくれた。

「いや〜、安田もついに有給を使う気になってくれたか!過労死したらどうしようかと心配してたんだよ。」と言って部長はガハハと笑った。

いやいや、俺そんな死にそうな顔してないでしょ部長、と思ったが、有給がすんなり取れたのはありがたい事だった。


しかし、いざ休みが始まってみるととにかくやることがない。初日の朝、僕はいつものクセが抜けず朝の6時に起きてしまったのだが、

あ、今日仕事行かなくていいんだ、と気づき、とたんに何をしたら良いのか分からなくなってしまった。

壁にかかったカレンダーをぼんやりと眺めながら、

「自分て完全なワーカホリックだったんだな。」と僕は誰に言うでもなくつぶやいた。


とりあえず本棚がプレゼンの書類でごちゃごちゃになっていたので、掃除でもするかと思って手を伸ばした時、ドサッという音がして何かが下に落ちた。


何だろ、と思って拾い上げてみると、それは高校の卒業文集だった。

懐かしさがこみ上げて来て、コーヒーでも飲みながら読もっかな、と思ったのだが、ちょうどインスタントの粉を切らせてしまっていた所だった。


少しがっかりしたが、よくよく考えてみると時間はいくらでもあった。僕は卒業文集を持って、近所の喫茶店へ出かけることにした。

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