第2話 歪み
彼を消した感触は忘れられない。
それは…ある種の清々しい快感だった。
これで世界が少し良くなった、そう感じてしまった。理不尽に人が殺される事が4回ほど少なくなり、不幸の連鎖は跡形もなく消え失せた。ある種のアニメや漫画に出てくる悪役のようなセリフ。俺はこの世の掃除をしてやったんだ。掃除。その気持ちが少しわかってしまった。
危険な感じ方だとその場でも思った。しかし私は、少しして二人目を消した。
二人目は連続放火犯、一人目よりは幸福な、そして理不尽に奪う命の数が多い、凶悪犯だった。
そして三人目は直接手を下すような凶悪犯ではない。人を追い詰め、壊し、自殺に追い込むようなハラスメント犯だ。前途ある若者や真面目な人々を使いつぶし食いつぶす者。たまたま駅で駅員に高圧的な態度で喚き散らしているのを見て、試しに少しリーディングして発見した。
最小限に留めているとはいえ、私の能力は世界を変えてしまっている。確実に歪みは蓄積しているだろう。
人を消す場合、ただ消すとそこに空隙が生まれる。物理的な話に限ったものではなく、例えば三人目なら会社で彼のポジションが急に空席になってしまう。こういったことを考えると本当は事故なり病気なりにして殺してしまうのが一番歪みは小さく自然だ。それを半ば強引にアカシックレコードを用いて、情報を精査し、最小限の変化に留め、世界そのものをなるべく自然な形で空隙を誤魔化すように書き換えている。ちなみに私のアカシックレコードには情報演算能力を与えてあり、パソコンで情報を処理するかのように最適解を導くことができる。
どんな天才が現れようと流石に私にたどり着くことはできないだろう。既に存在しない人物について、殺人の容疑が発生することはどうあがいてもありえない。あがきようもない。これなら本当に世界はただ綺麗になっていってるんじゃないか、そう思う者はいるだろうか。少なくとも私はそうは思わない。自分でやっておいてなんだが、これは明らかに不自然だ。
しかし、私は…私は自分を止めることができない。もう行くところまで行かないと止まれないのかもしれない。
私は四人目を消した。将来連続殺人鬼に育つ少年だ。彼の人生はこれから地獄のような日々になっていく。その前に消したのだ。彼の人生に干渉した方が良かっただろうか。
全ての不幸な人生を私なら変えることができる。別段無理もせずに、だ。今の私の能力に制限を感じたことはない。ただ能力がもたらす「歪み」が恐ろしくて手が出せていないだけだ。
私の使命は世界を変革することなのか?ちまちま人を消すのではなく、私の能力を存分に活用して人々に幸福を届けるべきなのか?そうなれば明らかに世界は私とそれ以外に変容するだろう。
人類は世界ではなく私や私の生み出した物や者と向き合うことになり、確実に私がいなくなると破綻する世界になる。いや、自動化すれば私がいなくても問題はないかもしれないが、何かあった時に対応するのは私が適任になるだろう。そうなればやはり、私はいなければならない。
少なくとも、いずこかにあるであろう私の限界まで世界は進化し、新たなステージへ向かうことは確実だ。それをやってしまうべきなのだろうか。しかしこれは…私が神になるとでも表現できるような、途方もない話だ。もしそうなれば、私に消されていったような人も人並みの幸せに包まれ、凶行に走る理由はなくなるだろう。
こういう考えもある。能力を誰かに移譲するのだ。しかしこれは悪手だと私は思う。仮に私に能力が芽生えたことに理由があるのなら、それをないがしろにしてしまう。特に理由がなかったとしても、歪みについて考えるなら、ただの人間にこんな能力を与えれば間違いなく世界が大きく歪む。その人物が能力を使わないとしても、能力自体が異物であり、例えば能力があることで行動が変わればそれは歪みであるといえるのではないか。
私に能力が芽生えた事自体は、おそらく自然的なもので歪みではない。では私の行動も能力行使も自然なのか?しかし、今までの世界とは明らかに大きく異なる事象であり、今までの世界を尊重するのなら歪みについては考えるべきである。これも確かだ。
私は考える。考えながら、やはり人を消していく。人を消すのが正解とは思えないまま。この能力に意味があるのなら、少しは報いているかもしれない。そうでないのなら、いたずらに世界を歪めているだけだ。ほんの少し、少しずつ世界は歪んでいく。
私は段々、歪みが私へ向かってくる気がしてきている。実際には歪みによって生じた何かが蓄積し、ある一定の段階に達したときに偶然私に感知されることになるだろう。
何かが起こる。そんな予感がしている。消した人数は今日でもう十人目だ。
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