第28話★楽しみで仕方ないのです
月夜会とは名ばかりの十二月最後の新月の夜。王家で開かれる盛大なパーティーは、国中の王侯貴族が招かれ、一年を振り返り、ねぎらい合う。
毎年、エリーが最も力を入れて準備する重大行事であり、一年の集大成でもあるその日。昨年は悲劇の幕開けになった不運な日となり、マトラコフ家の日常が突如として変革した日でもある。予想外の騒動に見舞われた一年だったが、今年こそは愛しのアーノルド王子に会うのだと、それはもう、エリーの気合の入れようは数日前から凄かった。
「レリア、赤い靴は用意できて?」
「はい、エリーお嬢様。ドレスも髪飾りも靴もすべて、新しく仕立てたものを用意しております」
「ありがとう。明日の仕上げはお願いしてもいいかしら?」
「当然です。お嬢様が最も重要視される月夜会の仕上げは、わたくし以外には務まりません」
「頼もしいですわ」
一年前とは明らかに別人だと思わざるを得ない。そう思ったのは、使用人以上に学園で過ごしていたリックとハイドの兄二人だろう。冬休みに突入して、寮生活から解放された二人は、速攻帰ってくるなり、迷うことなくエリーの元へ突撃していた。
そして、父親とまったく同じ言葉を吐いたのだった。
「エリーと並んでも見劣りするどころか、遜色ないやつが僕たち以外にいるなんて、信じられない。信じないぞ、僕は。嘘だぁ。エリー、僕以外の男と仲良くしないでくれ」
「兄さん、邪魔。へぇ、キミたちがエリーの専属騎士と魔導師候補生か。兄さんがいちいちパクを見て大騒ぎしてたから顔は知ってたけど、本当、綺麗な顔だなぁ。並ぶくらいなら確かに、許さないこともないけど、エリーのこと守れるの?」
「リックお兄さま、ハイドお兄さま。ディーノとロタリオですわ。月夜会には二人も一緒ですのよ」
「嘘だろ。可愛い僕のエリー、エスコート役はあいつらにはやらせないぞ。エリーの小さな手を取り、腰を引き寄せて歩くのは僕だ」
エリーに抱き着いて、離れないリックの姿は、誰かを連想させるのか。久しぶりのはずなのに、見慣れた光景に思えるのは刷り込みによる一種の魔法か。
「やっぱり親子なんだな。伯爵の血ってすげぇ」
「うん」
ロタリオとディーノも同意見なのだろう。頷き合って、リックの寸劇で歓談している。
エリーを挟んで、両者は難しい顔をしていた。ひとつは困惑、もうひとつは不信感。
繁栄の血族と名高い一族は、王侯貴族のみならず、シャルムカナンテ王国に暮らす人であれば末端に生きるスラムやド田舎の人間でも知っている。傾国の美貌にファンも多く、密かに映像が出回っているのも珍しくない。大抵は外向きに作られたすました顔で、それは等しく、撮られることをわかっていて振る舞う海外の大物俳優のようだ。と、後のヒューゴの手記に記載が残っている。
見目麗しい、絵画のような伯爵一家。小さな国よりも資産を持つという莫大な資産家であり、由緒ある血族としても名を連ねる。世界中の歴史書で初代の功績は語られ、裏も表も含めて、大抵のことはまかり通る一族とも称される。
そして、現世で一番有名なのは家族全員から溺愛されている娘がいるということ。
つまり、エリー誘拐をたくらむ連中は、一定数存在しており、それは何も日常生活だけではなく、あらゆるところに潜んでいる。誘拐、脅迫、恐喝。数えればキリがないほど、宣戦布告のそれは内密に処理され続けている。だからこそ、エリーを守る護衛たちがパーティーに同行するのは珍しいことではない。
ただ、今回が特別視されるのは、エリーを守る護衛が屈強な男たちではなく、エリーと年齢が変わらない小さな子どもだということに尽きる。しかも前回は父親もろとも、ロストシストに襲われているのだから、リックとハイドが心配するのも頷ける。
「やっぱり、父さんにエリーの護衛は別にしてもらうように頼もう」
「ハイドお兄さま?」
「エリー。あの日、学園に戻ったことをずっと後悔してた。少し見ない間にエリーまで別人みたいだよ。エリーは守られて当然の可愛い女の子なんだ。世界一可愛いから、誘拐されるかもしれない。外は危険がいっぱいなんだよ。こんな護衛を付けるくらいなら、パーティーに行かせたくない」
「それは嫌ですわ。アーノルド王子さまにお会いしたいの」
「うん。知ってるよ。エリーのワガママは聞いてあげたいから、兄さんのお願いも聞いて?」
エリーにとって、アーノルド王子は天秤にかけるまでもなく優先順位が一番上にくる。
「わかりましたわ」と満面の笑顔で即答した浅はかさに、ディーノとロタリオがそろって「そう言うと思った」と納得するほど、エリーのアーノルド王子バカは健在だった。
「え、いいの?」
「ええ、ハイドお兄さま。アーノルド王子さまに会えるのでしたら、かまいませんわ」
「ディーノは専属騎士だろう?」
「そうですわよ。私の専属騎士はディーノで、私の親友で将来魔導士になる有能なロストシストはロタリオですわ」
「彼らを置いていくって言ってるんだよ?」
「大丈夫ですわ。二人はアーノルド王子さまに興味ありませんもの。さあ、早く。お父さまのところへ行きますわよ」
「え、ちょ、エリー」
小さな手は、五つ上の兄の手を取って父親の元へ向かっていく。この一年、深窓の令嬢から卒業したエリーの体力は、こういう時に発揮されるものなのか。成り行きで抱き着いていたリックを押し剥がして、代わりにハイドを引きつれて、颯爽と部屋を飛び出していった。
後に残されたのは、リックとディーノとロタリオの三人だけ。
「ふう」と肩で息をして立ち上がったリックは、マトラコフ伯爵家の人間が持つ独特の黒い髪色をかきあげて妖艶な笑みを浮かべた。
「驚いただろう。ハイドは昔から家族以外の異性がエリーに付くのを嫌がるんだよ。一番無関心を装ってるけど、こじらせてるだけで、エリーへの愛情は結構罪深いところまできてる。僕もエリーに他の虫がつくなんて許せないから、残念だけど、キミたちを助けることは出来ないよ」
「虫?」
「助ける?」
「無職にならないことを祈ってなよ」
ひらひらと手の平を振って、リックも優雅に部屋を出ていく。
容姿が良すぎるせいで、変に格好がつくところが嫌味らしい。ディーノとロタリオは、普段お互いを敵視しているはずなのに、今回ばかりは共通の敵に遭遇したような気持ちを感じていた。
「マトラコフ家の連中って、ろくな奴いないな」
「うん」
「てか、段々エリーにも腹立ってきたわ」
「そうだね」
「ディーノ。俺たち置いて行かれるらしいぜ?」
「最高の魔法使いがいるから平気」
「じゃ、俺たちは俺たちで,、ワガママ女が愛してやまない王子様とやらを拝みに行くか」
紫の瞳と新緑の瞳が合わさって、悪戯な光をその中に宿す。
今頃、ヒューゴは二人の息子に詰められて、困惑に奔走していることだろう。バカでワガママなお嬢様は、アーノルド王子に「絶対会える」方に味方するに決まっている。
予想外に思えて想定内の出来事に、ロタリオとディーノの間に妙な結束感が生まれていた。
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