第13話★新たな才能発見ですわ

春の花が芽吹く頃、マトラコフ伯爵邸の庭には、ひとつの奇跡が芽吹いていた。



「お父さま、苺が、もう食べれそう」


「そうだよ、エリーたん食べてみたらいいよ」


「えっ、でも、どうやって」


「こうして、ほら」



垂れ下がった赤い実のひとつをぶちっとちぎった伯爵は、ほらっと娘の手にそれを乗せる。七歳の少女の手には大振りの一粒。真っ赤に実った苺は美味しそうに煌めき、そのことに、エリーは、いたく感動したらしい。



「なりませんわ、無作法ですし、それに、こんな洗ってもいない」


「エリーたんの育てた苺だ。そのまま食べてごらん。おいしいよ」


「………私の苺、私が育てた、苺」



震える声でじっと苺を見つめている。

ここでひとつ付け加えておくなら、エリーが育てたという事実には語弊がある。今まで、庭の花どころか、裏庭の菜園に見向きもしなかったエリーが、突然、家庭菜園に目覚めるわけもなく、当然、これは父と使用人に促された仕置きの一環として始まった。

もちろん、エリーに土で汚れる選択肢はない。つまり、エリーは水の魔法が発動するパクを使った水やりをしただけで、他は庭師がすべて行った。それでも、エリーが「手伝いをする」ということ自体が、異例で、異常。エリー以上に周囲が感動していたのは言うまでもない。



「っ、わ」



とれたての苺を愛らしく口に運んだ指が、驚いた顔に習って止まっている。じっと、エリーの行動を見守っていた、父以下数名は、みるみるうちに顔を輝かせて笑顔を浮かべた美少女に、知らずと頬を染めていた。



「今まで食べたどの苺よりも美味しいですわ。私が水をやるだけで、こんなに美味しくなるなんて。知りませんでした」


「んー。エリーたん、自己肯定感が高いところも可愛いよ」


「もひかひて、わたふし、苺を育てる才能があるのかもしれませんわ」



口を動かしながら食べるほどお気に召したのだろう。悪役になる前とはいえ、令嬢は令嬢。食べながら喋るなんてこともない。マナーは完璧。それでも新たな感動が刺激を生んで、そんなことには気付かないらしい。



「これをジャムにして、スコーンに塗れば美味しいのではなくて?」


「さすがエリーたん。食べることに関しては閃きが早い」



ふふんと鼻を鳴らしているが、元を辿れば、これはエリーが食い意地をはって起こした罰。二週間前、おやつのサクランボを一人で全部食べたことが原因となる。

事故以来、表に出てこないヒューゴ・マトラコフ伯爵に、お見舞いの品として届いた内のひとつ。一粒何千円という高級果物は、家族それぞれ五粒ずつあったのに、エリーはひとりで全て食べてしまった。

最近、メイドも口うるさくなり、執事からも怒られるようになったエリーは、悪役らしく悪知恵を働かせ、隠れて食べるという偉業を成し遂げた。案の定、夕飯時にご飯を食べられなくなり、結果、エリーは父親に叱られた。

それだけでなく、罰として、果物の世話を命じられて今に至る。

靴が汚れる。ドレスが汚れる。私のような高貴な身分が行く場所じゃないなどと、散々な理由を並べてごねていたエリーも「アーノルド王子と同じ色の果物」という陳腐な誘い文句で落ちた。

順応性が高いのが幸いし、アーノルド王子のために苺をせっせと育てていたはずのエリーの脳内は、一口食べた瞬間からジャムとスコーンに入れ替わっている。



「エリーたんは王妃になるために勉強しているのだから、ジャムとスコーンの作り方も知ってるよね?」


「………も、もちろん、ですわ」


「じゃあ、ジャムには何がいる?」


「え、えっと」



父親からの質問に答えるため、ちらっと、エリーが視線を投げるのは、お茶事件以来、すっかりエリー専属になった侍女のレリア。彼女がジャムのように甘ければよかったが、そうもいかない。

「知っているとおっしゃったのですから、お答えすればよろしいのです」などと、鬼のようなことを言ってくる。



「知ってるわ、でもすぐに出てこないだけよ」


「わからないのでしたら、素直にわからないとおっしゃったほうが可愛いです。それに、嘘をついてまで自分をよく見せようなどと、マトラコフ伯爵令嬢がするわけございません。先日もそれで怒られたばかりではありませんか?」


「……ぅ…っ」


「まあまあ、レリア。それで、エリーたんはどうなのかな?」


「え、えっと、ごめんなさい。本当は、わかりませんわ」



悲しそうにうつむく顔の愛らしさに、内心悶える周囲をよそに、エリーの自尊心が崩れていく。



「すぐに謝れるようになって偉いぞ、エリーたん。それなら厨房にいって、正解を教えてもらおう」


「そんな、イヤですわ。厨房なんて」


「さあ、ほら。アーノルド王子と同じ色の苺で作るジャムが出来れば、アーノルド王子の耳に届くかもしれない」


「王子さまの耳に!?」



普段は言い訳を探して知恵を働かせるくせに、王子にはめっぽう弱い。エリーは大人の口車にのせられて、苺をつみ、台所でそれを洗い、鍋に放り込み、砂糖を入れてかき混ぜ、泣きながらかき混ぜ、そしてついに完成したジャムを食べて、また感動した。感動で王子のために作っていたことを忘れ、スコーン作りの罠にはめられ、泣きながら作り、そして食べる。と、いう見事な連鎖を繰り返し、そんなこんなでエリーはここ数日、令嬢らしからぬ日常を過ごしていた。

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