いやまぁ常識として

「うちの趣味知っとる?」

「知らない」

「せやったら教えたる。恋愛ドラマやらを見ることなんや」

「へぇ」

「今の状況ってほんまそれやんな」



 若干雨脚は弱まり、先程までのバケツを引っくり返したようなという表現がまさしく当てはまりそうなものではなく、覚悟を決めれば傘などがなくても大丈夫、くらいの強さになっていた。



 須佐美さんの言う通り相合い傘と言えば恋愛系のシチュエーションが思い浮かぶが、残念なことに相手は化け物である。いくら言動が可愛らしくても、仮に正体が本当に美少女なのだとしても、恋愛には発展しない。



 ゆえに俺は彼女の発言にノーを叩きつける。

 しかし須佐美さんはからころ・・・・と喉を鳴らした。

 制服のリボンが音を立てて布地の上を滑る。



「曜くんってほんま頑なやんな」

「忍耐強いことには定評があるんだ」

「尊敬するわぁ。うちは風見鶏みたいで……」



 風見鶏は風に吹かれて向きを変えるが、彼女の場合は風に吹かれたら最後吹き飛ばされそうである。なので比喩表現としては真逆だと思う。ただ此処に鎮座するのは風見鶏よりも流されやすい――元々は『風見鶏』という単語はプラスの意味で用いられていたらしいが――者こと化野曜。決して思ったことをそのまま口に出さない。



 そんなことを考えていたなど悟らせないように、繊細に隠して口を開く。



「ところでさ」

「おん」

「傘くらい俺が持つよ」

「ええの? ほならお願いするなぁ」



 学校を出てからずっと彼女が傘を持っていた。

 所有権の宿るところを思えば当たり前なのだが、外部からの視点及びそれに付随する印象のことを思えば、およそ推奨される状態ではないだろう。

 そのため傘の領有権を主張する。

 須佐美さんは「おおきに」と言いながら傘を渡してきた。



「ますますラブコメの一幕っぽいなぁ」

「実は俺、箸より重いもの持ったことないんだよね」

「深窓の令嬢みたいやん」

「だから傘が重くて重くて……」

「ここが頑張りどこやな」



 クソ、間違えた。

 確かに言われてみれば、男女が連れ添って一つ傘の下に入っていて、しかも男子のほうが傘を持っていれば数え役満だ。

 百人中千人くらいが「あぁ、これはラブコメですね」と読み取るだろう。

 ラブコメじゃないのに。



 あちらは善意で傘を貸してくれたのだから、こちらも善意でもって返そうとしたら、まんまとラブコメじみたシチュエーションになってしまった。



「がんばれ、がんばれ、やら言うとく? ポンポン付けて。今やったら語尾にハートマークもサービスしとくで」

「遠慮しとく」



 そんな地獄絵図をこの世に顕現させたくない。

 この世すべての悪みたいなものではないだろうか。

 直視したらSAN値直葬である。



 どうやら須佐美さんの家は俺の家と方向は同じなのだが、少々距離があちらのほうが長いらしい。ゆえに家の前に着いたとき、「ここが曜くんのお家なんやぁ。知らへんかったなぁ」とこぼしていた。一生知らないでほしかったものだ。たちの悪いストーカーよりも恐ろしい存在に住所バレしてしまった。



 雨に濡れた門扉に手をかけて、じゃあさようなら。

 感謝の言葉を吐いて玄関に入ろうとする。

 そのとき。



「曜くん、風邪引かんといてな」

「引かないよ。そのために傘貸してもらったんだから」

「そやけどその肩」



 そう言って、須佐美さんは俺の左肩――つまりビショビショになって地肌までが透けている肩を指さした。



「うちが濡れへんように、ちょい傘から飛び出しとったやん」

「いやまぁ常識として」



 移動式の雨宿りに相席させてもらって、その上、大家を追い出すなど。

 借家栄えて母屋倒れるではないけれども。



「しかもずっと車道側に立っとったやん」

「うーん」

「そやさかい改めて言うなぁ」



 おおきに。



 ころころと傘を揺らした彼女は頭を下げた。あまりの純粋さというか「まとも」な感性に、俺はぐらりと来てしまった。多分自分よりも人間的だと思う。



 須佐美さんはどんどん遠くなっていく。

 時たまに振り返って、控えめに手も振ったりして。

 化け物であることに目を瞑れば実にラブコメをしているものだ。

 目を瞑るには光が強すぎる欠点であるが。



「はぁ……」



 疲労をため息に込めて吐き出す。

 何だかどっと疲れた。



 ◇



「いやー、流石だな化野」

「何が?」

「新しく女子を引っ掛けたんだろ?」



 はぁ……とため息をつく。

 前の席に座る伊藤いとう大将ひろまさは口角をあげた。



「聞いたところによると雅な美少女だとか」

「確かにいにしえ風ではあるよね」



 焼骨的な意味で。



 もはや何度かした会話なので続けたくなかったのだが、彼は止める気などないようで、舞台上の俳優のように朗朗と口を開く。



「あの……何ていうんだろうな、日本人形だとかこけしみたいに可愛らしく切りそろえられたやつ」

「尼削ぎ?」

「それ。とにかくこぢんまりとしてて可愛いよな」



 こぢんまり。

 漢字にすると故人まり。

 嘘だけど。



「はんなりとした京言葉だし気立てもいい」

「まぁそれはね」

「おまけに美少女とくれば言う事無しよ」



 最後の最後で大問題が出てきたな。

 言う事ありまくりである。



 俺は男泣きに泣きながら、ただ静かに天井を見上げたのであった。

 神様仏様。種族が人間な異性と出会わせてください。

 それだけが私の望みです。

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