プリクラってプリント倶楽部っていうんだ

「ほら、私って森ガールなことに定評があるじゃない」

「話だけは聞こうか」

「でもモダンガールも目指したいのよね」

「百年くらい前に戻れば?」

「ということでプリント倶楽部に行きましょう」

「話聞けよ」



 急に訳のわからないことを言い出した雪花が、完全にこちらの発言を無視して、おそらく目的地であろうゲームセンターの場所を探している。彼女とは結構な回数出かけているし、以前にゲームセンターには行ったのだから探す必要はないと思うのだが。



「プリント倶楽部……通称プリクラ」

「………………」

「女子高生といえばプリクラよね」

「………………」

「ついに私も都会系美少女の仲間入りよ」

「………………」

「ところでさっきから何してるの?」

「帰り支度」

「こんなに話してるのに!?」



 だって俺の話聞かないじゃん。

 無視する流れかなって。

 そういう感情をありありと込めた視線を向けると、雪花はつまらなそうに唇を尖らせた。



「私が誘ってるのよ」

「うん」

「じゃあ付いてきなさいよ」

「やだよ」



 どうしてゾンビと一緒に出かけなければならないのか。

 すでに形骸化しているような気がしないでもないが、俺はラブコメが送りたいのだ。間違っても化け物と学校生活を過ごしたいわけじゃない。



 思い切り眉を顰めてみると、雪花は強引にこちらの腕を掴む。

 反射的に隣の席に助けを求めた。

 しかし現実は非情である。菜々花はそこにいなかった。



 ドナドナドーナ……。



 














「贅沢をするのはよくないわ」

「この状況に対してその形容は正しくない」

「私という美少女を侍らせておいて、贅沢じゃないとでも?」



 そりゃゾンビだし。

 明らかに腐敗している皮膚には見慣れたが、好き好んで近づきたい見た目ではない。下手すると自分まで土の下に連れて行かれそうだ。



 ゲームセンターの自動ドアをくぐると爆音が体を揺らした。

 少し驚いたのか雪花が腕に掴まってくる。

 感覚としては悪魔に捕まったようだ。

 執行猶予つくかな。



「直接言うのは恥ずかしいのよ、察しなさい」

「ごめん鈍感系だから」

「はっ倒すわよ」



 だって鈍感じゃないと化け物相手に普通に接することができないのだ。とは言わなかった。冗談の気配を纏う勢いで飛んできたチョップを甘んじて受ける。ぷちょりとした感触が額に。明らかに正常な感触でないのに、顔色一つ変えないのは我ながらすごい。



 様々な音が入り交じる空間に頭蓋の裏側が痒くなる。

 流石に雪花は腕から離れたが、わずかな逡巡のあと、そっと手を握ってきた。

 やめてくれないかな。



「……何よ」

「何でも」



 しかし「お前の手の感触気持ち悪いから離してくれない?」と草原を浮かぶ蒲公英たんぽぽの綿のように、軽くオブラートな言葉を吐くことはなかった。応答に失敗すると死ぬかもしれないから。俺は配慮のできる紳士なのである。



 代わりに「プリクラの正式名称ってプリント倶楽部っていうんだ」、と詳しくないことを全面に押し出す発言をして、どれも同じに見える機種の前で悩んでいる彼女に声をかけた。



「何でもよくない?」

「よくない」

「変わらないでしょ」

「変わるの」



 ここはバチバチに盛ってみようかしら、いやでも、逆に盛らない韓国系っていうのもありね……と考え込んでいる雪花。

 ワンチャンこのまま帰れないかな。

 試そうとしたら手が固く繋がっていたので不可能だった。

 悲しい。



「これにしましょう」



 やがて大きな決断をしたという雰囲気を醸しながら、彼女は一台のプリクラに入っていく。一人、または男友達だけでは絶対に入れない領域だ。白を基調とした空間にきらびやかな女性の写真が踊っている。とてもではないが一人きりで侵入したくない。一応〝女友達〟と表現できないこともない雪花と一緒にいるのに、ここまでの居心地悪さを感じているのだから、それが自分一人となったら。



 機械の入口に垂らされた幕をくぐる。

 筐体の中は真っ白な壁に光が反射していた。

 思わず目を瞑る。



「人生4カットだから、とりあえず四枚撮るわよ」

「なんて?」

「人生4カットだから、とりあえず四枚撮るわよ」

「なるほど」



 理解できないことを理解した。

 プリクラの種類なんて知らない。

 男子高校生を舐めないで貰おうか。



 その後は雪花の指令に従って写真を撮った。意味のわからない格好をしたり、彼女が盛っている――フレームとか背景を変えているだけらしいが――姿を眺めていた。何が面白いのかわからないけど彼女はずいぶんと楽しそうである。



「はいこれ」

「どうも」



 作業が終わったらしい。

 雪花から渡されたものを見ると、長方形が四分割され、それぞれに先程の写真が載っている。なるほどこれが人生4カットか、と納得したところで――?



 すらりと伸びた金色の髪。

 勝ち気に釣り上がった眼尻からは強い意志を感じる。

 若干あげられた口角からは彼女がリラックスしていることが読み取れた。

 自分の学校の女子用制服、しかもリボンの色からするに同学年。

 紛うことなき美少女の姿だ。ところが、俺はこの女子に見覚えがない。



「誰これ?」

「誰って?」

「いや、俺の隣にいる人」

「どう見ても私でしょ」



 どう見ても私……?

 再びプリントされた写真と隣りにいる化け物とを見比べる。

 美少女。ゾンビ。

 美少女。ゾンビ。

 美少女。ゾンビ。



 うーん。



「いやぁ盛りすぎでしょ」

「韓国プリクラだから盛らないって言ってるでしょ!」



 だって全然違うじゃん。

 俺はそう言おうかなと考えながら、もしかすると他の人における草壁雪花の姿とはまさしくこれであり、今まで認識できなかった美少女の姿がやっと見られたのかもしれないと思った。

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