このポップ三回見たら死にそう

 今度こそ正しく人並みな画力を持つ俺が、恨めしい目を向けてくる逆瀬川さんを尻目に、図書室の机で鉛筆を走らせる。

 用意されていたのは画用紙だった。あまりに筆圧を高くしすぎると消す時に大変だから、意識して意識して薄く。

 人並みの画力とは、すなわち人間を描くと悲惨なことになるということ。

 そのため誰が描いても差が出にくい絵を量産した。



「……これだったら私もできそうな気がするんですけど」



 彼女は不満げに触角をぴょこぴょこさせる。

 自分の意志で動かしているんじゃないかと思うくらいに、それは持ち主の心情を反映していた。



 俺が画用紙に薄く描いているのは水玉とか星とか、とにかく簡単なもの。

 確かに逆瀬川さんに任せても大丈夫な気がする。

 十分近く動かし続けてきたから熱を持った手を休めるために鉛筆を置くと、所在なさげにしている彼女に新しいのを渡した。



「わぁ、ありがとうございます」

「…………待て待て待て」

「何ですか?」



 いや何ですかじゃないが。

 童女のように緩やかな声で首を傾げる逆瀬川さんの腕を掴むと、指を一本だけ立てて紙を示す。

 


「どうして生首を描き始めたの?」

「やっぱり目を引くのは人のイラストですよね」

「わかる。けど何で生首?」

「体を描くのが苦手で……」



 趣味でお絵描きをしている人全員が頷きそうな言葉だった。

 しかし生首と彼女の画力が加わると、世間一般で知られている「三回見たら死ぬ絵」みたいなことになっている。

 図書室に迎えるはずが黄泉の国にお送りすることになってしまうので、誠に残念ながら逆瀬川さんにはお祈りメールをプレゼント。



 結局この日も本の貸出を行う生徒はいなかったが、そのおかげでずいぶんと作業は捗り、合計十枚のポップが完成した。

 やはり図書室のものということもあり他のものとは差別化したい。

 なので申し訳程度におすすめの本の紹介なども書き込んで、以上で先生ご注文の品は終了。

 ちなみに俺のおすすめはフランツ・カフカの変身だ。

 今の自分の気持ちが間接的に理解できると思う。



 残り五分でチャイムを鳴らすぞ、と意思表示をする時計を眺めながら、未だに鉛筆に悔いを残すような視線を向ける逆瀬川さんに声をかける。



「そろそろ戻ろうか」

「……はい、そうですね。いつまでも落ち込んでいるわけにはいきません。何枚か私直筆のポップも作りましたし」

「あぁ、あの呪いの――」

「何ですか?」

「何でもないよ」



 非常に由々しき事態なのだが、実は彼女お手製のポップが何枚か混じっていた。

 これを図書室の前に飾るとなると何人か犠牲者が出そうなもの。

 たちの悪いことに入口の真横、なぜか設置されている椅子の上に置いてあるものだから、入室する人は殆どポップを視認する。

 つまり被害者が出るのは避けられないことで、俺にできるのは、ただ安楽な最期を迎えられるように祈るだけだ……。



 流石に縋るような目を――複眼ではあるが――向けられて無視し続けられるほど、俺は無情ではなかった。

 


 しばし遅れてついてくるジガバチを背に図書室を出る。

 


 一年の教室は全部で八クラスあり、俺は七組で逆瀬川さんは八組だ。

 某ゾンビは一組。わざわざ七組に通うには結構な労力が必要なんだけど、雪花はまったく気にしていない。

 労力には気を払わなくてもいいから、俺の心労には留意してもらいたいものである。今でも突然現れるとびっくりするのだ。多分彼女のせいで寿命が一週間くらい縮まっている。



 小学校だとか中学校では、昼休みともなれば廊下に多くの学生がいた記憶があるが、高校ではあまりいない。

 各々が自分の教室で好きなことをしている。

 以前他のクラスの前を通ったときに麻雀をやっていて、義務教育との自由の差を目の当たりにしたものだ。



 そのため逆瀬川さんと並び立って歩いていても好奇の目はそれほど。

「それほど」ということは多少あるのだが。

 しかし遠くから向けられている殺意の視線よりかは、遥かにマシである。



「……………………」

「……………………」



 発生源は我が七組。

 何処からどう見ても腐りかけ一歩手前なゾンビが、俺の席に座って滅茶苦茶睨みつけてくる。

 不機嫌そうに頬杖をついて貧乏ゆすり。

 もしかしたら縮まった寿命は一週間どころではなく数十年単位なのかもしれない。つまりこのあと死ぬ。



「何だか凄い見られてますね」

「見られてるね」

「不興でも買ったんですか?」

「買った……んだろうね」



 心当たりが多すぎて原因が何かわからないが。



 そそくさと姿を隠す逆瀬川さんに見捨てられ、俺は思わず唾を嚥下してしまう。

 雪花の周りだけ空間が歪んでいるように見えた。

 背後に陽炎のような揺らめき。

 ゾンビ特有の特殊能力だろうか。



 しかし、まったく何も気にしていませんよ、と表情で伝えつつ入場する。

 近づくにつれて視線の圧が強くなっていくが無視。

 さも今存在を認識しましたと言わんばかりに、片眉を上げて「そこ俺の席なんだけど」と呟いた。



「知ってるわ」

「じゃあ少し退いてもらって……」

「誰よあの女」

「え」

「誰よあの女」



 付き合ってもいないのに重たい彼女みたいな発言するじゃん。

 

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