暗闇、化け物。何も起きないはずがなく…

 あんたみたいな適当な人間がおしゃれしても、服に着られているように見えるだけだから、とりあえずこれでいいでしょ、と。

 雪花は店前に並んでいたマネキンが纏っていた服をそのまま買った。

 というか買わされた。まぁお金の使い道があまりないからいいんだけど。



「……そこそこにはなったんじゃない?」

「お褒めくださり恐悦至極」

「妥協よ」



 ゾンビである彼女は不満そうに鼻を鳴らす。

 俺としては何が変化したのかわからないんだが、おそらく良好な変化があったのだろう。



「本当は髪も切らせたいんだけど……別に本気のデートじゃないし、そこまではいいわね」

  


 雪花は額に手を当ててため息をついた。「なんでこんなのにお姉ちゃん構うんだろ」とぽつり。ゾンビのくせに様になっている。

 もしかすると元の形はいいのかもしれない。腐り落ちかけだから魅力が著しく下がっているものの、腐っても鯛。

 俺は腐っている鯛とか食べたくないが。



「これからどうするの」

「そうねぇ、正直プランとか何も考えてなかったわ」



 あけすけな回答。このデートが成立した状況から考えるに、やはり草壁家は少々残念な遺伝子を持っているのではないか。肉塊とゾンビなどという極大な残念ポイントから目を逸らせば、少々残念と形容できるだろう。

 


 しばらく天井の電灯を睨みつけていた雪花は、同じく天井からぶら下げられていた幕を見て、「あれでいいじゃない」と指を指した。



「映画?」

「そう。デートの王道でしょ。したことないからわからないけど」

「まぁよく見るよね」



 ラブコメとかで。相手がゾンビなのは見たことないが。

 高校生になったら甘酸っぱい青春が謳歌できると期待していたんだけどなぁ。何処から選択肢を間違えたのだろうか。 

 どちらかというと向こうの方から来た気がしてならない。



 カーペットのような床を踏みしめつつ歩くこと数分。俺達は、頑張れば宇宙に飛び立てそうな見た目の映画館の入口に立っていた。必要最小限の光がまるで星のように見える。



 しかし雪花は大雑把というか些細なことは気にもとめないというか、一切そのようなことは気にせずに自動券売機へと向かう。



「何見る?」

「うーん」



 腕を組んでしまう。

 自分では優柔不断だと思ったことはないのだが、映画を見るときなどは鑑賞する作品を選ぶのに時間がかかってしまうのだ。



『劇場版聖騎士鉛筆の黄金の冒険譚 失われた芯』

『カンボジアとジュネーブの熱愛バラード

『伝説の棋士 碁盤返し元周もとちか

『ゾンビパニックレボリューション』

『あの夏の向こうに君が微笑む』

『ゾンビとの純愛〜Endless Love〜』



 などなど……。



 俺としては『伝説の棋士 碁盤返し元周』が気になるのだが。

 碁盤返しって、それこそちゃぶ台返しみたいなのをするのだろうか。

 負けかけたら「クソがーッ」って。御前試合でやったら打首だろうなぁ。



「あんた何がいい?」

「『伝説の棋士 碁盤返し元周』」

「うわぁ……趣味悪」



 Z級映画の香りがぷんぷんするのだ。

 けれども雪花は理解してくれなかったようで、ドン引きしたような表情で腕を組んでいる。

 ゾンビにすら引かれてしまう感性。悲しい。

 


「デートなんだからもっといい奴選びなさいよ。これとか」



 彼女は『あの夏の向こうに君が微笑む』を指し示した。見るからに感動恋愛系の映画である。雪花は『ゾンビパニックレボリューション』とか『ゾンビとの純愛〜Endless Love〜』を選ぶと思っていたのだが。見た目的に。



 結局、俺達はそれを見ることになった。

 暗闇、化け物。何も起きないはずがなく……まぁ起きなかったんだけど。

 正直な話あまり期待していなかったものの、意外と面白い。

 これからは恋愛系も守備範囲に入れていこうか。



「……うっ、うっ」



 そしてどうしよう。雪花が滅茶苦茶泣いていた。

 今にも落ちそうな瞳から大粒の涙を流し、肩を震わせて。

 周りの人からは「女の子を泣かすなんてサイテー」と囁かれた。



 まさか彼女がここまで涙もろいとは。確かに主人公の愛犬であるエリザヴェータが病気がちなヒロインを助けるために、サーカスに自らを売ったシーンは涙腺に来たが…………そこまで泣くか?



「エリザヴェータ……」

「とりあえず場所変えない?」

「どうしてあんたはそう薄情なのよ! エリザヴェータが売られちゃったのよ!?」



 薄情と言われても。

 今は周りから向けられる白眼視から逃れたい。



 梃子でも動かなそうな様子だったので雪花の手を引いて移動。

 えぐえぐとしゃくりつつも存外素直についてきた。

 犬の散歩でもしているようだ。エリザヴェータのごとし。



 やがてフードコートにたどり着き、まだ肩を震わせている彼女を椅子に座らせ、落ち着かせるために冷たい水を汲んでくる。

 紙コップに入ったそれを渡すと、「ありがと」と小さい感謝が返ってきた。



「……んっ、んっ」



 喧騒がひしめき合うフードコートに、しかし微弱なはずの嚥下音が不思議と大きく聞こえてくる。唇の端から僅かに滴る水が、腐りかけの喉元を伝って透けた。



「ふぅ……」

「落ち着いた?」

「………………えぇ、まぁ」



 久しぶりに視線を合わせた雪花は恥ずかしそうに頬を赤くする。

 不健康そうな肌とのコントラストが随分と映えて見えた。

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