ポストアポカリプスの序盤かな

「お兄ちゃんって人気者なんだね」



 家に帰って開口一番言われたのがこれである。

 俺の一日の生活の何処を見てそう判断したのか聞きたいところ。

 不満げに触手をうにょうにょさせている妹に、首を傾げながら質問した。



「なんで?」

「だってあんなに可愛い人に構われて。しかも二人」

「うーん」



 なるほど、彼女の視点からすると草壁菜々花と草壁雪花は美少女に映るらしい。同じ化け物仲間はそのままの姿が見えるのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 正直な話、肉塊とゾンビに好かれても嬉しくない。

 行き着き先はおそらくデッドエンド。



「でも今日は楽しかったなぁ」と背伸びをするように妹は縦に伸びた。

 やはり影だからか自由自在だ。

 人間とはかなり乖離した存在を認識しても、最近は全然動じなくなった。例えばゴキブリとか。等身大じゃなければ問題ないなとスルーしてしまう。

 間違いなく原因は目の前の妹とか菜々花とかである。



「じゃあ夕飯の準備するね!」

「お願い」



 両親が出張しているときは基本的に自分で食事を作っていたのだが、こうして妹が作ってくれることになった。 

 あまり家事が得意ではないのでありがたい。

 自室に戻るために階段を登り、入れられてしまった明日の予定にため息をつく。



『明日十時に駅前集合だから! 絶対に寝坊しないこと!』



 スマホを表示するとトークアプリのアイコンと、そんな言葉が添えられていた。

 送り主の名前は【草壁雪花様】。

 雪花が無理矢理俺のスマホに入れてきたのだ。

 今から【肉貪にくむさぼり益荒男ますらお】に変えようかな。



 了解、と短く返信。

 それだけでだいぶ体力を消費してしまったようで、随分と肩が重くなったように感じる。



 今日が金曜日なため明日は土曜日。学生にとって土曜日というのは休みの日だが――私立だとか部活に入っている人は別だけど――、なんとも悲しいことにゾンビに占領されてしまった。

 夜の活動が決まった瞬間である。

 グロテスクなゾンビが出てくるのをひたすら殺すゲームだ。



 扉を開いたら適当に鞄を投擲する。

 ノールックで飛ばされたそれは見事な放物線を描き、目標としていたベッドに僅か届かず墜落。

 どしゃりと無様な音が聞こえた。



「はぁ……」



 ついていない。

 俺は草壁姉妹と関わっているせいで、学校で色々噂されてしまっている。

 曰く、なんらかの弱みを握っているのだ、とか。

 曰く、二股をかけている最低野郎なのだ、とか。

 曰く、実はあの三人は幼馴染で小さい頃に結婚の約束をしているのだ、とか。



 風評被害も甚だしい。

 どちらかというと弱みを握られているのは俺の方である。

 人間とゾンビ、人間と肉塊みたいな種族的な弱み。不興を買ったら速攻でお葬式が開かれてしまう。



 頭を掻きながら階段を降りていく。

 顔(らしき部位)だけをひょっこり出した妹が「丁度いいところに。ご飯できたよ」とお玉を振った。



 本当に明日が憂鬱だ。



 ◇



 凄い。

 とんでもなくあそこに近づきたくない。

 


 俺は顔を引き攣らせながら駅前のロータリーを眺める。

 そこにはバッチリおしゃれをしてきたと見えるゾンビが立っており、腐臭にでも釣られたのかナンパ男が二人群がっていた。蝿の親戚かな?

 ゾンビが駅前に立っているなんていうシチュエーションはポストアポカリプスものの序盤でしか見たことがなかったんだけど、まさか自分の短い人生で視認することになるとは。



 雪花は不機嫌そうに腕を組んで二人組みを完全無視している。

 え、あそこに行くの。

 デートとは言われたもののプランとかは何も言われなかったから、とりあえず動きやすい格好で来た。

 ファッションに疎い俺の動きやすい格好とはすなわち背伸びしたジャージみたいな奴であり、目立たないから逃げ出すことが可能。



 残念ながら頭が痛くなってくるような気がするので欠席連絡をしよう。

 しょうがない。体調不良だから。

 非常に口惜しい。

 本当だったらデートしたかったんだけどなぁ。



「あんた何やってるの?」

「……ちょっと前髪を整えてた」

「気持ち悪い」



 ゾンビからは逃げられない。

 不機嫌を極めたような肌の色をした雪花が、眉を顰めて俺を睨みつけている。

 無視しまくっていたせいで二人組みもセットで。

 意地の悪いMPKみたいだぁ。



「ちょっとちょっとお姉さん、無視しないでよ」

「そうだよ。そんな地味な男より俺達のほうが絶対楽しいって」



 ピアスとか開けまくっている男性達だ。お近づきになりたくない。

 彼らは勇ましく雪花の肩に手を置き、下心の見え隠れする視線を投射。

 こちらの視点からすると趣味が悪いなんてものじゃないのだが、彼らにとってみれば美少女だからなぁ。



「あんた――化野」

「ん」



 他の人がいるから「あんた」と呼んでしまうと区別できないと思ったのだろう。雪花が腕を組みながら顎で二人組みを指す。

 何をさせたいのかはわかるがやりたくない。

 しかしついに耳元まで口を寄せられてしまい、「ここで魅せて男を磨くのよ」などと言われしまった。

 一瞬だけ「ぱくぅ」といかれるのかと。



「……………………あー、この娘は俺の連れなんで」



 どうしてゾンビ相手にラブコメで滅茶苦茶見るシチュエーションを行わなくてはならないのか。前世で大罪でも犯したのですか。

 俺は若干泣きそうになりながら、ガラの悪い二人に啖呵を切ったのだった。

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