プライドを捨てるな

 もそもそと食べている姿を見られている。

 非常に食べにくい。なにせ彼女は肉塊だから。

 油断すると俺が食べられるんじゃないだろうか。



「えへへ」

「……嬉しそうだね」

「お友達と一緒にご飯を食べるという機会がなかったもので」



 そりゃ今にも血みたいな液体が滴りそうな存在と同じ席につくのはキツイだろう。

 なんて思ったが、自分以外には美少女に見えるんだった。

 損をした気分である。



 菜々花は触手でもって頭部を支えながら、こちらをにこやかに眺めている。まるで自らは食事を取らないとでも言うようだ。

 流石に一人で続けていても気まずい。

 咀嚼を終えて嚥下すると、俺は口を開いた。



「菜々花は食べないの?」

「あっ、忘れてました!」



 鈴を転がしたような声を羞恥に染める菜々花。

 いそいそと鞄から小さなお弁当箱を取り出す。

 桜の意匠が施された包みにコンパクトなシルエットが浮き出ているそれを、彼女は砂糖細工にでも触れるように解いた。



 肉塊は何を食べるのだろう。

 少々個性的な同級生に慣れるのに一週間かかった俺は、今まで菜々花と一緒にご飯を食べたことがない。

 珍しいことにこの学校は屋上が開放されているので、パンを持っていつもそこへ行っていたのだ。



「そ、そんなに凄いものはないですよ?」

「またまた」



 ご謙遜を。

 きっと生肉とか入ってること請け合いである。

 何故なら肉塊だから。



 俺が期待に満ちた視線を向けながら彼女のお弁当箱を眺めていると、秘密に隠された菜々花の生態が明かされた――。



 ジャングル。



 万緑の候。



 ひたすらの青。



 言い方は何でもいいが、とにかく彼女のお弁当の中には、見ているこっちが健康になってしまいそうなほど野菜が詰まっていた。

 おかげで教室の二酸化炭素濃度が下がりそう。

 トマトなどの逃げはない。ただ緑。



「個性的だね」

「実はお肉が苦手で……」



 その見た目で? 

 詐欺もいいところである。肉貪にくむさぼり益荒男ますらおと呼ばれていたときの君はもっと輝いていたぞ。

 いや、その見た目だからこそかもしれない。

 だって菜々花が肉を食べていたら「わぁ、共食いを激写」とか思うだろうし。



 物事は期待しているものほどこそ、かえって地に足のついた事象になるのかもしれぬ。普遍的に普通であるはずのクラスメイトも肉塊だしなぁ。



「あ、じゃあ目の前でお肉とか食べないほうがよかった?」

「いえ、自分が食べるのでなければ大丈夫です」



 危ない危ない、配慮の足りない男になるところだった。

 配慮が足りないとモテないと聞く。

 ただでさえチャンスが著しく少ないのだから、せめて手の届く範囲では維持し続けようではないか。



 その後は学校中で噂の新入生美少女と昼食を取っているということで嫉妬の目を向けられながら、胸ポケットですやすやと眠る妹が作ったお弁当を食べ終えた。

 肉塊である菜々花がどうやって食事するのだろうと気になっていたのだが、なんと人間でいえば口に当たるところに「ぐぱぁ」と切れ目が現れ、そこに野菜が収納されていく。

 まるでエイリアン系の映画を見ているようだった。



 満腹にゆたゆたと眠気が忍び寄ってくる。

 まもなく瞼が対岸と接するという時に、彼女が話しかけてきた。



「化野さんは普段どんなことをしてるんですか?」

「え」

「そういえば、化野さんのことを何にも知らないなぁと思いまして……」



 そういえば。

 俺も思い返してみたのだが菜々花と趣味の話をしたことがない。

 肉塊に趣味というのもおかしな話だけど。

 


「読書とか」

「へぇ!」

「映画鑑賞とか」

「へぇ!」



 何か言うたびに大げさな反応。

 心の底から会話を楽しんでいます、といった様子だ。



「菜々花は?」

「私ですか……そうですねぇ、うーんと」



 みょんみょんと触手が行き場を失って宙を掻く。

 考えるときの癖だろうか。

 海中で揺蕩うクラゲを見ているような気分。

 


「あっ、猫ちゃんとか!」

「食べるの?」

「食べませんよ!? 私をなんだと思ってるんですか!」



 冗談である。

 どうやら暇なときは猫を眺めているようだ。

 捕食シーンに移るまであと三秒ってところか。



「まったくもう。化野さんって意地悪ですよね」

「言われたことないけど」

「でも意地悪ですっ」



 なんて青春っぽい会話なのだろう。

 相手が肉塊でなければ完璧なのになぁ。



「犬もいいんですけど、やっぱり猫のほうが好きです」



 菜々花は指のように触手を操って胸――人間に例えるのならば、である――前で合わせた。気恥ずかしい時にするように。

 俺からすれば肉同士が柔らかく接しているだけなので何も感じないのだが、周りのクラスメイトは違うらしい。方方から「うぐっ」だの「ぐはっ」だの攻撃されたが如き声が聞こえてくる。



「へぇ、ところであんたはどっちが好きなの?」

「………………どっちかって言ったら、猫かな」



 普段はどっちも同じくらい好きなのだが、確かバイオハザードにはゾンビ猫がいなかったから。

 零れ落ちそうな眼球を釣り上げて雪花がこちらを睨みつけている。

 勝ち気な形をした唇を尖らせて、ふんと腕を組んだ。



「突然現れるね」

「あんたの注意が散漫なんじゃないの」

「それを言われると痛い」



 さていつの間に現れたのだろう。俺は菜々花と向かい合って会話していたから、必然的に視界は教室の中心に向かって広がっていた。

 それにもかかわらず出現。

 本当にホラー映画みたいな行動するじゃん。

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