本当に多ければいいのか

 白状すると、俺はハーレムもののラブコメが好きだった。

 自分には灰色の青春しかなかったから。ページをめくれば複数の美少女が群がってくるハーレムもののラブコメが、まるで優しく包容してくれるように感じられた。

 けれども考えを改めよう。ヒロインは決して多ければ多いほどいいというわけじゃない。お金などとは違うのだ。



「失礼な奴ね! 人を見るなり何度もため息ついちゃって!」

「あーうん、ごめん」



 そりゃあ、やっと肉塊に慣れてきたと思ったのにゾンビが登場したら、誰でもため息をつくようになると思うが。

 というよりもため息で抑えていることに感謝してほしい。本当だったら絹を裂くような悲鳴が飛び出ているはずである。

 男の子のなけなしの勇気を総動員して堪えているものの、油断すると白目を剥いて泡を噴きそうだ。



 草壁雪花は自分の見た目を理解しているのかいないのか、おそらくしていないのだろうけど、腰に手を当てて胸を張る。

 ツンデレキャラの代名詞的な格好。今にも崩れ落ちそうなゾンビがやっても何にも思えないが。



「お姉ちゃん、こんなの止めたほうがいいよ」

「止めるって何を!?」

「相手するの。こいつとお姉ちゃんの話で持ちきりだよ? 何でも学園一の新入生美少女が冴えない男と仲良さそうに話してるって」



 勘弁してほしい。もしも俺に本格的なラブコメ展開が訪れたとき、「でも草壁菜々花さんがいるから私じゃ無理だよね……」とか身を引かれたら困る。

 どうして肉塊にヒロインの座を奪われねばならないのか。特にラブコメする予定はないが万が一ということもある。

 念には念を入れる必要があるだろう。



「いや、俺と菜々花はそんな関係じゃないぞ」

「そうだよ! ただのお友達だよ!」



 お友達も嫌なんだけど。



「ふーん、『普通のお友達』ねぇ……」

「な、何?」

「お姉ちゃんが男子に名前を呼ばせているの初めて見たけど」

「うぅ……っ! それは…………」



 何故恥じらうように俯くのですか? 俺の視点からすれば肉塊の先端が下を向いたようにしか見えないが、多分他の人からしたら恥ずかしそうに俯いているのだろう。

 証拠に教室中から向けられる視線が冷たくなった。特に男子連中の視線が冷たい。いや、怒りだとか嫉妬だとかのせいで熱いかもしれない。



「きっと高校デビューだぞ」

「え?」

「高校に入ったら男子との距離を近づけようとか思ってたんだろ。だから初めて出会った男子に名前を呼ばせてる」

「…………そ、そうだよっ!」



 菜々花も俺の適当な言葉に乗っかってきた。

 これは雪花を宥めるために吐いただけの言葉じゃない。

 まわりに菜々花との関係を主張するために、わざと大きな声で言ったのだ。

 そのおかげでクラスメイト達の視線が柔らかくなった気がする。



「へぇぇぇぇぇぇ……?」



 雪花は変わらず訝しそうに腕を組んでいた。

 力が強すぎて胸骨折れたりするんじゃないか? そうなると中に入ってるものが飛び出すかも。

 流石にグロテスクな光景は目にしたくないので瞼を閉じてようかな。



「――ふんっ、私は絶対にあんたのこと認めないからね!」



 真っ暗な視界の中、美少女の声が響いてくる。

 本当に目を瞑ってさえいれば美少女と会話しているように思えるなぁ。

 開けたらこの世の地獄みたいなのが広がってるんだけど。悲しい。



 そっと薄目で覗くと雪花はすでに踵を返して扉へ向かっていた。

 黒板の上に設置された時計を見る。間もなく授業が始まりそうだ。

 いくら人間を逸脱したゾンビといえど校則を破るつもりはないらしい。主食は明らかに人間です、みたいな見た目だが、そういう細かいところには気を配っているようだ。



「まったくもう……」



 べちゃりと音を響かせながら菜々花が椅子に座った。

 もはや慣れてきた光景だけど、まるで肉屋で重さを量っているみたいだ。随分と縮尺がおかしいが。

 背もたれの隙間から謎の触手がうにょうにょと伸びる。



「ごめんなさい化野さん。うちの妹が」

「気にしなくていいよ」



 あの見た目と比べたらどんなに性格が悪かろうと聖人君子みたいなものである。



「いつもはもっといい娘なんですけど……」

「へぇ」

「昔から私がちょっと抜けているせいなのか、自分はちゃんとしなきゃって思ってるみたいで。私のことになるとキツくなるんです」



 美しい姉妹愛だなぁ。

 姉が肉塊で妹がゾンビでなければ本当に綺麗だった。

 できれば関わりたくないものである。



「まぁ菜々花のこと考えてるんだろうから、そう君が気にすることないんじゃない?」

「え」

「俺が騙してるって思ってるんでしょ。もしくは悪い男に引っかかってるとか」

「化野さんは悪い男の人じゃないですよ」

「それはそうなんだけどね」



 肉塊を相手に会話してる時点で優しさの塊だ。現代のイエス・キリスト。

 イエス・キリストなら悪魔みたいな見た目の菜々花と会った瞬間、神様ぱわーで祓いそうなものだけど。

 そろそろ聖水とか常備しようかな。この勢いで化け物が増えていったら困るどころではない。まともな学園生活など夢のまた夢。



 俺はチャイムの音を聞きながら、慌てて駆け込んでくる教師と、ついでに視界に映る菜々花の姿を眺めていた。

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