第64話☆ アロンディート

「《紅き鮫》……、やっぱり誘拐犯はお前らだったか。まあ、俺たちに怨みを抱いているような輩なんていくら考えてもお前らしか思いつかなかったけどな」


 若返ったロランさんは、いつもの口調で飄々と言います。ですが外見が若い分、どこか生意気というか偉ぶっているというか、煽っているようにも感じます。


「て、てめぇ誰だこの野郎! ロランのジジイはどこに行きやがった!」


「俺がロランだ、本人さ」


「噓つくんじゃぁねぇよ! 確かに野郎と似ているが、てめぇはどう見ても二十代じゃねぇか!」


「そういう類のスキルを使ったんだよ」


「ふざけんな! 若返るスキルなんて聞いてことがねぇぞ!」


「ああ、正確には俺だけの固有スキルだ。《黄金時代ゴールデンエイジ》といってな、肉体を強制的に全盛期に戻すことができる」


「こ、固有スキルだとぉ? バカ言ってんじゃねぇぞ! 固有スキルを身に付けられるヤツなんて英雄クラスしかいねぇ、しかも肉体を若返らせるなんて高度な芸当が、Bランクのロランの野郎にできるはずねぇんだ!」


 額に青筋を走らせたカンイさんは、ロランさんを指差して唾を飛ばしながら声を荒げますが、対するロランさんはやれやれと肩をすくめました。


「信じる信じないは好きにしたらいいさ。しかしなんだ、このスキルは発動にちょいと時間が必要でな。こんな回りくどいことをしないで、お前らふたりに不意打ちされた方がヤバかったかもしれん」


「けぇっ!! めんどくせぇ! ここに来たからにはぶっ殺すまでだ! どうせロランの野郎なんか若返ったところでカスには代わりはねぇぜ! 行くぞスヴァン!」


 剣を大きく振り上げて大上段で構えたカインさんとは逆に、スヴァンさんは引いていた弓を降ろして「降参だ……」とつぶやきました。彼はふるふると頭を振ります。


「あん? なんだってスヴァン?」


「俺たちに勝ち目はない。あれは……、あいつはあの伝説のパーティ、《黄金郷》の《竜殺し》だ……」


「は? はあ? 黄金郷だと? なに言ってんだ、黄金郷はとっくの昔に全滅したはずだろうがッ!」


「ああ、全滅したことは俺も知っている。だがな、間違いなんだ……。俺は見たことがある、本物を……。ガキの頃に、一度だけ見たんだ。あの《黄金郷》を……。あのロランがローランド=アロンディートだったなんて……」


「う、うるせえ!! どうせハッタリだろ、ひよってんじゃねぇぞ! こっちには人質がいるんだ! お前は短剣を女の喉に押し当てろ!」


 ――カインさんが叫んだ、その直後でした。

 わたしの眼には一筋の光が走ったかと思ったら刀が鞘に収まるところしか見えませんでした。


 チンッと鍔が鳴ると同時に、カインさんの右耳が頭から離れて床に落ちていったのです。斬られたカインさんはもとより、スヴェンさんも固まったまま動けず、小刻みに体を震わせます。


「お……、お、おっ、俺の耳がァァァァァァァッ!?」


「今ならまだ治癒魔法でくっつくはずだ、耳を拾ってとっとと消えろ。今回は片耳で許してやるが今度、その子たちになにかあったらこのくらいじゃ済まない。『耳なし芳一』になりたくなかったら二度と俺たちに近づくな、いいな?」


「あ、あああ……、わ、わわわ、かった……ました……」


 耳があった場所を手で抑えたカインさんの顔は血の気が引いて真っ青になっています。


「それから今日見たことは口外するな、分かったら行け!」


「は、ははは、はいィぃィぃッ!!」

 

 彼らは逃げるように走り去っていきました。


「怪我はないか、イノリ?」

「は、はい……」


 差し伸べられたロランさんの手を握りしめてわたしは立ち上がります。胸がドキドキと早鐘を打って止まりません。彼の顔をまともに見ることができません。顔が熱い、胸が苦しい、わたしは一体どうしてしまったのでしょうか……。


「あっ……」


 そうこうしているうちにロランさんの手が離れていってしまいました。ロランさんはわたしの後ろにいるシャーリーのもとに移動して、床にお尻を付けてへたり込む彼女にも同じように手を差し出します。


「シャーリーも怪我はないか?」


 シャーリーは弱々しく右腕を上げてロランさんの手を握りますが、立ち上がれずにいます。


「も、申し訳ございません……、あ、足が震えて……、うまく力が入らなくて……」

 

「仕方ないさ、無理する必要はない。よっ」という掛け声とともにシャーリーをお姫様抱っこで抱き上げたのです。


「あっ!」と言っている間にシャーリーがロランさんの背中に手を回して抱きつきました。


「こ、怖かった……、こわかったです、とても……、とても……、もう……、ダメかと思いました……」


 涙を浮かべながら声を震わせる彼女に、ロランさんは「もう大丈夫だ」と微笑みかけます。

 そして、シャーリーは声を上げて泣き出しました。

 

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