第26話◆ 金の亡者
シュヴァルニ魔導学園、田畑をいくつも持つ豪農の息子や景気の良い商人の倅、貴族の子弟など、金持ちのお坊っちゃまお嬢様が通う冒険者養成学校である。
俺の感覚から言わせてもらえば、苦労することなく安定した生活を送れる連中が、わざわざ命の危険がある冒険者を目指そうなんて馬鹿げた話だ。
しかしながら、ここに限らず冒険者養成学校の人気は飛ぶ鳥を落とす勢いだそうだ。
それには理由があった。
昔話として有名な〝魔術士アナスタシアの冒険〟を舞台化した劇が大ヒット、世間は空前の冒険者&魔術士ブームの真っ最中である。
アナスタシアに憧れた冒険者を夢見る子供たちが親にせがみ、我が子のためならばとバカ親たちは有能な人材と設備が整った冒険者養成校を血眼に漁り始めた。
そこに目を付けたのがモニカだった。
彼女は金持ちたちが喜びそうな謳い文句で生徒を募り、僅か数年でシュヴァルニ魔導学園を名門校と肩を並べるまでに成長させた。ちなみに学費は設備が充実している分とんでもなく高い。
ここまで聞くと単なる金の亡者で終わってしまうが(実際に亡者なのだが)、彼女のすごいところはちゃんと後世の育成を考え、その役割を担っているところだ。
シュヴァルニ魔導学園は、たとえお金がなくても家柄に関係なく入学試験を受けることができて、才能さえあれば特待生として授業料の一部や全額免除が受けられる。
もっとも、卒業生の中から優秀な冒険者を輩出できれば、将来的に学校の広告塔として利用することができるという先行投資の意味もあるのだろうけど……。
そして、そんな学校にイノリが通い出してから一週間が経った。
彼女の話を聞く限りクラスメイトたちとは問題なく楽しくやっているようでひとまず安心した。家でも教科書を開いて熱心に勉強している。
ただ、実技の授業はクラスから離れて、モニカのところで魔術の基礎の基礎から学んでいるらしい。
先日クラスメイトから、なぜ実技は別の教室に行くのか質問されたそうだ。
はぐらかしているけど基礎魔術が使えないとバレるのも時間の問題だから早くクラスのみんなに追いつきたいと、彼女は言っていた。
拝金主義のモニカは金のためなら平気で禁術にさえ手を出すが合理的で無駄なことはしない。イノリが継続して彼女の教えを受けているのなら、それは彼女に魔術の素養があるということだ。
彼女は頑張り屋だからきっとすぐに追いつけるだろう。
「で、お前の目から見てうちの子は上手くやっているか?」
そう言いながら俺は学園長室のソファーに腰を降ろした。
「うちの子って父親気取りなの? きっしょー……」
モニカは嫌悪感を隠そうともせずに眉毛と唇を歪めやがった。
「保護者には変わらないだろ?」
はん、と息を付いた彼女が俺の前のソファに座って脚を組んだ。
「今のところ人間関係は良好よ。目立つから疎ましく思っている一部の生徒もいるみたいだけど」
「そうか、ま、イノリなら大丈夫だろう。それで肝心な魔術の方はどうなんだ?」
そう質問するとモニカは腕を組んで首を傾ける。
「うーん、それがなんとも言えないのよ。魔力がない訳じゃないんだけど、安定しないのよね」
眉間にシワを寄せたモニカの唇がへの字になる。
「どういうことだ?」
「突然威力が強くなったり弱くなったり、詠唱も魔法陣も完璧なのに不発だったり、一言で言えばピーキーなの」
「でも才能がないって訳じゃないんだろ?」
「ない訳じゃない。けど、安定しないのは冒険者としては致命的ね。今のままなら魔術を覚えて使えるようになったとしても魔術士としては失格よ、危なっかしくて連れていけないたもの」
「ふむ……、なら剣の方をしっかり教える必要がありそうだな」
顎に触れて考え込む俺をモニカはじーっと湿った視線で見つけている。
「あなた……」
「なんだよ?」
「お願いだから溺愛するのもほどほどにしてよ。犯罪になるようなことは絶対しないでね、知り合いの名前が新聞に載っているのは見たくないわ」
「な、なにいってんだ……、当たり前だ。ちゃんと弁えているよ。いくら可愛いからって子供に手を出したりするもんか」
「そういうことは本人には言わないように。あっちが本気になっても困るし」
モニカは聞こえるか聞こえないかくらいの声量でそう呟いた。
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