第17話◆ 勝敗
「この俺が……、騎士職の俺が魔術士なんぞに力負けするなんて信じられん……」
カインは動揺を隠せない。少女の細い身体に力負けしたことが信じられないようだ。
が、これは当然の結果だ。
「これが、お前らが追い出した彼女の実力なんだよ」
ニヤリとドヤ顔する俺だが、少女の後ろにいるからなんともしまらない。
イノリは頭を覆っていたフードを取った。桃色の髪があらわになり、魔法少女が姿を現す。毅然とかつて自分を追い出した《紅き鮫》を見据える。
凛と立つ彼女におおっと歓声が沸いた。
「これは……」カインが目を剥く。
「で、でも変身するには時間が掛かるって……」
魔術士の疑問に答えたのはスヴァンだった。
「そうか、最初から変身していやがったのか……」
ご名答。彼らは三分間という嬢ちゃんの変身条件に囚われ過ぎていたのだ。戦う時間と場所が決まっているなら最初から変身していればいい。ただそれだけの話である。
俺は嬢ちゃんが初めて魔法少女になった姿を見てから、まず変身の条件を正確に把握することに努めた。
様々の条件で変身を試みた結果、三分間以外にもいくつかの条件が存在することが判明する。
1、三分間、じっと動かず祈りを捧げなければならない。
2、嬢ちゃんが魔法のステッキと呼ぶワンドを装備している状態でなければならない。
3、敵がいなければならない。
一番目と二番目の条件はマストだ。だが三番目の条件は視認していなくても嬢ちゃんが敵がいると認識するだけでクリアできる。これはこれまでのクエストで実証済みだ。
だから俺は控室でイノリを変身させた。さらにローブで魔法少女となった彼女の姿を隠して敵を油断させる。
変身さえしてしまえば、正直に言って俺はお役御免だ。とっとと後衛に引っ込むしかない。
なぜかって?
その理由は試合の立ち上がりで一目瞭然だろう。
変身後、彼女の身体能力は驚異的に上昇する。加えて魔法防御も鉄壁だ。
「卑怯じゃねぇか!」スヴァンが声を荒げる。
「卑怯だって? 笑っちまうな……、お前らはモンスターにも同じことを言うのか?」
またもやイノリの後ろで俺は偉そうに講釈を垂れる。我ながら恥ずかしくなってきた。
「ぐっ……」
「戦闘開始の合図を受ける前に変身してはならないなんてルールはないし、取り決めてもいない。知っていると思うが、一般的な模擬戦では事前に強化魔法(バフ)を掛けることも認められている。それと似たようなものだろ。ま、どっちにしても油断したお前らが悪い」
「ふ、ふざけるな! もう手加減は無用だ! お前ら一斉に攻撃しろ!!」カインが叫んだ。
よく言うぜ、初めから手加減なんてしていなかったクセに。ましてや五対二なんだ。卑怯なんて言われる筋合いはない。
スヴァンが弓を引き、魔術士たちが杖を突き出した。彼らの動きに合わせてイノリがワンドを掲げる。刹那、ワンドの先端から射出された七色の光が剣や弓や杖を正確に射抜いて破壊した。光を浴びた部分は完全に欠損している。
「そんな……、バカな……」
カインは刃のなくなった剣を愕然と見つめた。
《紅き鮫》の白と黒の魔術士たちもスピードと正確さにあ然としている。
彼女の魔法展開速度は通常では考えられないほど異常に速い。どんなに優秀な魔術士でも発動するまでには必ずタメがある。イノリにはそれがない。反応速度の次元が違う。
「さて、まだやるかい?」
イノリの背後から俺は言った。
「くそ……」
カインの奥歯がギリリと鳴る。
「こんなはぐれ者の雑魚共に負けるなんて恥でしかねぇ……」
毒づいたスヴァンが、「だいたい本当にこいつがイノリなのか? 同一人物かどうか怪しいぜ、
そう思わねぇか?」と周囲の仲間たちに同意を求めた。
おいおい、なにを言い出すんだこいつは……。髪の色が違うだけだろうが。
「た、確かに……」とスヴァンのトンチンカンな指摘にカンイは顔面いっぱいで驚愕をあらわにした。
いやいや、「確かに……」じゃねぇだろうが……。アホなのか?
「どうなんだよ審判! 俺の知っているイノリは髪が黒かった。こいつは別人だぜ、俺たちに勝てないからってS級魔術士を雇いやがったんだ。失格だろうが、こんなイカサマはよぅ! こんなペテン野郎からは冒険者の資格を剥奪しろ!」
大声で叫ぶスヴァンに若い審判はオロオロしている。
難癖も甚だしい。イノリの顔を知らない審判にジャッジできるはずがないのだ。
会場がざわつき始める。スヴァンに詰め寄られる審判を見兼ねたイノリは構えていたワンドを降ろして溜め息を付いた。「これでいいですか?」と変身を解いてみせたのである。
淡い光に包まれた彼女の髪が桃色から黒に変化するとスタンドから「おーっ!」と感嘆の声が湧き上がった。ふっとほくそ笑んだのはカインとスヴァンだ。
「お前、馬鹿だろ?」
そう吐き捨てたカインが走り出す。ナイフを抜いてイノリに襲い掛かる。
――そんなことだろうと思っていたさ。
特に示し合わせた訳ではないが、最初から打ち合わせしてあったかのように俺はイノリとスイッチする。前衛と後衛が入れ替わり、迫るナイフを俺の刀が跳ね上げる。
カインの手から離れたナイフが宙を舞い、スヴァンの足元に突き刺さった。
「優しいじゃないか、色男。わざわざ俺の見せ場を作ってくれたんだろ? 確かに女の子だけに戦わせて終わらせちまったら俺の品性が疑われちまうからな」
「ほざけッ!」
素手で向かってきたカインのパンチを躱して後頭部に当て身を加える。
「がはっ!!」
「そんなムキになるなよ。俺たちはぐれ者の雑魚パーティなんだ。多少調子に乗っても大目に見てくれよ」
カインがうつ伏せに倒れて気を失ったところで、審判は《紅き鮫》を戦闘不能と見做し、《不撓の鯱》の勝利を宣言した。
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