Colour 3

 体育祭当日。

 梅雨を感じさせないほどの、からっとした快晴に恵まれた今日。朝から、私たちの期待感は半端なくて、予定通りに進行されている体育祭を、これでまもかっていうくらい楽しんでいる。


 体育祭の練習の時、初めて真咲くんに同い年の彼女がいることが判明した。

 篠原由樹しのはらゆきさん。肩までのナチュラルパーマヘアがほんわかとした柔らかいイメージで、例えるなら、コーギー犬のような愛くるしい人って感じ。聞けば、真咲くんとは幼馴染で、中学2年の秋にお付き合いが始まったのだとか。


 交際も順調だったそんなある日。初めて大喧嘩をしてしまったことがあったらしい。

 その日も、真咲くんは篠原さんを家まで送って行こうとしたのだけれど、篠原さんから拒まれ、仕方なく距離を置いていた。その時、突然、篠原さんの前に小柄な植木鉢が落ちて来て、咄嗟とっさに上を向いた彼女の右肩にもう一つ落ちてきたことにより、右手の神経を損傷するほどの大怪我をしてしまったらしい。

 無事神経は回復したものの、それ以来、真咲くんは喧嘩ケンカをしてしまったこと。何より、一人残してしまったことを後悔し続けている。

 それもあるからなのか、現在もずっと、篠原さんの支えになってあげたいのだという。


 そんな話を聞いていたから尚更、私からは声をかけずらくなっていた。それでも、真咲くんは佑真くんとのことで悩む私を気にかけてくれている。

 友達なのだから、気にしないでもいい。そう思いながらも、何となく篠原さんからの視線が、「真咲くんに近寄らないで」と、言っているような気がして、やっぱり距離を置いてしまっていた。

 不安な気持ちは分からないでもない。もしも、私が彼女の立場だったら、確かにあまり良い気はしないと思うから。でも、せっかく気の合う友達が出来たのに。と、私の中では割り切れないまま。


「春田ぁー」


 背後から私の名前を呼ぶ真咲くんの声にはっとして、思わず肩をすくめた。


「え、何?!」

「つーか、なんやねん。そのあからさまにビビり倒したような態度は」

「今、ちょうど真咲くんのこと考えてたからびっくりして……」

「へぇ、俺のこと考えててくれたんや」


 おどけたように言う真咲くんに、その場を取りつくろいながらも、急いで周りに篠原さんがいないか確認した。その、どこか挙動不審きょどうふしんな私を見つめたまま、真咲くんはぶはっと吹き出して楽しそうに笑う。


「春田って、ほんまにおもろいな。マジできひんわ」

「そんなに笑わなくても……で、私に何か用?」

「あ、そやった。あれから、どないしたかと思ってな」

「何が?」

「片想いしとる奴と」


 今度は、ささやくように耳打ちしてくる。そんな真咲くんの少し色っぽい声にドキっとしながらも、私はまた周りを警戒けいかいして見せた。


「さっきからなんやねん」

「だって、篠原さんがいたらって思うとさ……」

「はぁ?!」


 そこまで呆れたような顔をしなくてもいいのに。などと思ってしまった。だって、私にとっては、何気にプチストレスなのだから。


「だって、明らかな嫉妬しっとを感じる時があるんだもん」


 とうとう、真咲くんの前で愚痴めいたことを口走ってしまってから、真咲くんの瞳がほんの少し厳かに細められるのを見逃さなかった。


「そやったんや。それはなんつーか、ごめん」

「真咲くんが謝ることじゃないでしょ。ていうか、私なんかでヤキモチかなくても大丈夫だって、篠原さんに伝えておいて」

「春田にそう言われると、なんや寂しいもんがあるけどな」

「え……?」

「いや、なんも。由樹にはそない言うとく。で、そいつにはこくれそうなん?」


 またいつものからかうような瞳と目が合い、私はすぐに俯いてしまう。


 一回だけ、購買にてすれ違いざまに肩が軽くぶつかってしまったことがあった。けれど、お互いに謝ってその場は何事もなく終わってしまったのだった。


「小学生の時みたいに、告わずにまたお別れするようなことになったら嫌だな。って、思うことはあるんだけど……どうしても、本人を目の前にするとね……」

「春田なら、大丈夫や」

「その根拠こんきょは?!」

「そんなん無い。ただ、俺がもしそいつやったとして、春田から告られたら嬉しい思うから」

「え……」

「だから、大丈夫なんや」

「な、なにそれ……」


 なんでだろう。真咲くんが言うと、本当にそんな気持ちになるから不思議だ。まだ知り合って間もないというのに、まるで昔からの付き合いみたいな。真咲くんの言葉が、優しい笑顔が、私の不安を少しずつどこかへ追いやってくれている気がする。


あせらんと、春田のタイミングで告えばええ」

「うん。そうだね……ありがと、いろいろと」


 フラれたら、俺が残念会やったるわ。と、言って真咲くんはまたニッと笑う。だから私は、「いらんわ!」と、食い気味に言い返した。

 例の関西特有の漫才まんざいみたいなノリになってきて、ボケツッコミを繰り返す。


「ツッコミも上手うまなってきたやん」

「真咲くんといると、ほんと調子狂っちゃう……」

「え、マジで?!」

「褒めてないんだよ」


 喜ぶ真咲くんに、呆れ顔でつっ込む。すぐに嬉しそうに笑い始めるから、「笑わない!」と、またつっこむ。すると、今度は間髪入れずに、「うぅぅぅ」と、わざとらしく泣き始めたので、「泣かない!」と、また食い気味に言い返す。


「ほなら、どないしたらええねん!」

「別にどーもしなくていいんだってば!」

「俺らさ、ええコンビになるんちゃう? 漫才まんざいやったら」

「なぁに言っちゃってんだか……」


 真面目に怒っている私の顔を見て、半ば涙目になりながら笑っている真咲くん。何気に、こんなバカげたことも嫌いじゃない。むしろ、どこか楽しんでいる自分もいる。

 真咲くんは、私にとって最高の友達なのだと、改めてそう感じていた。



 *

 *

 *



 お昼休憩を済ませ、午後の部が始まった。

 綱引きを終え、いよいよ、私のメインである借り物競走での出番が迫って来た。私の前のグループの順位が公表されて間もなく、ピストルの音が鳴ると同時に、長テーブルの上のメモ目掛けて走り出す。

 一番端の二つ折りにされているメモを開くと、そこには、「好きな人 or 付き合ってる人。元カレカノも可」と、書かれてあった。


(こんなの、一番困っちゃうよね……)


 馬鹿正直にやることはないと思いながらも、一発で見つけてしまった佑真くん目掛け、私は猛ダッシュしていた。

 きっと、さっき真咲くんと話していなければこんな大胆なことは出来なかったと思う。こうなったら、当たって砕けてやる。と、いう思いがどんどん大きくなっていって……。


「あの、宮本くん! わ、私と一緒に走って貰えませんか?」

「え?」

「ダメかな……」

「あ、いや……俺でよければ……」

「ありがとう!」


 佑真くんの手を取り、私は彼と一緒にゴール目掛けてまた走り出した。そして、なんと一番でゴールすることが出来たのだった。

 息を切らしながら、「一緒に走ってくれてありがとう」と、頭を下げる私に、佑真くんは、「よかった」と、言って微笑んでくれる。


「それで、どうして俺だったの?」

「え、それは……えっと、イケメン! そう、イケメンって書いてあったから……」


 苦しい嘘をついた動揺からなのか、手にしたままだったメモを折りたたもうとして、焦ってうっかり落としてしまった。メモは、無常にもヒラヒラと佑真くんの靴の上に落ち、


(ヤバぁぁぁい!!)


 急いで拾い上げたものの、くっきりばっちり見られてしまう。


「あ、あの……これは、その……」

「ハルちゃん」

「え、その呼び方……」


 私の愛称あいしょうで呼ぶ佑真くんの、少し寂し気な瞳が私をじっと見つめている。


「ごめんね。あの日のこと」

「……あの日って?」

「声をかけてくれた時、じつは俺……」


 佑真くんがまた何かを言いかけた。その時、佑真くんを呼ぶ誰かの声に遮られる。


「体育祭が終わったら、教室で待ってて。春田さんに話したいことがあるから」

「あ、は、はい……」

「D組だったよね。じゃあ、また後で」


 駆け去っていく佑真くんの背中を目で追いながら、バクバクと心臓が飛び出て来そうなほどのドキドキ感に吐きそうなほど緊張している。


(お、落ち着け莉生ぉ。でも、なんで私がD組だって分かったんだろ。というか、いったい何を言われるんだろう?)



 *

 *

 *



 誰もいなくなった教室。夕日のオレンジが、窓際の机を赤く染めている。開けっ放しの窓からは、心地良い風がそよそよと吹き込んできて、私の前髪を優しくさらって行く。

 全競技と、応援団員たちによるパフォーマンスを終え、誰一人としてけがなどもなく無事、体育祭を終えることが出来た。

 小、中学校の頃と比べると、自分で引き受けた種目に関しての責任感とか、頑張る意義みたいなものが強くなって、多少のプレッシャーも伴っていた。でも、やっぱり高校生ならではのダンスとか応援団とか、これまで以上に楽しめた気がする。

 スマホで時刻を確認して、窓の外を見遣った。その時だった。遠くから誰かが走って来る音がして、しばらくの後。


「ごめん。いろいろやることがあって遅くなった」

「大丈夫だよ。全然待ってない」


 後ろのドア付近で息を弾ませている体操着姿の佑真くんが、ほんのりと汗で濡れた前髪を手ぐしでかき上げながら、こちらへゆっくりと歩いて来る。


「さっき、言いたかったことなんだけど……」


 佑真くんは、切なげに目をせると、少し躊躇ためらいがちに口を開いた。



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