第25話

高田重工業の会議室に貴仁が入ると、既に高田と純礼がいた。三人は互いに挨拶を交わし、ミッションの成功を改めて祝福する。高田は貴仁に向かって感謝の言葉を述べた後、昨夜話せなかった情報を話し始める。


高田は何から話すか迷っているようだった。やがて、最初の事件、北星市ミサイル事故と呼ばれている事件について話し始める。彼は深刻な表情で語り始めた。


北星市ミサイル事故の真相は次の通りだ。北星市ミサイル事故は、自衛隊の艦船からミサイルが誤射され、北星市の市街地で爆発した事故だ。週末の百貨店に直撃し数百人の死傷者を出した。


表向きは誤射ということになっているが、実際はハッキングにより意図的に北星市の市街地に向けてミサイルが発射されたと発覚する。その後、犯人から犯行文が送られてきた。脅迫と呼べるような内容だった。


自衛艦の脆弱性の問題を突く攻撃によって、北星市の市街地を狙って攻撃したこと、同じ脆弱性は全ての自衛隊のミサイルに存在しており、やろうと思えばいくらでも攻撃が可能だという内容だった。


犯行文には2発目の予告があった。二日後、予告と全く同じ時刻、位置にミサイルが誤射された。これをもって犯行文の内容は信憑性が高いと推定された。


政府は脆弱性について徹底的に調査を行った。しかし、脆弱性を突いた攻撃を受けたこと、それによって誤射が起こったことは調査できたが、誰がどんな方法で脆弱性を突いたかは解明する事が出来なかった。


発射が可能な兵器には、幸い核兵器は含まれていなかったが、極秘に開発していた生物兵器や化学兵器も含まれていた。政府は、要求に抗うことができなかった。これだけの犯行を行うのは、ただのテロリストとは思えない。国家規模での犯行ではないかと考えられている。その意味で、これは静かな戦争と呼べるものだった。


犯人はそれ以降、継続的に要求を続けている。DTS法の制定はその1つだ。すべての国民にT-RFIDのタグを持つことを強制し、デモや不審行動が見られるようにして管理下に置くことだ。


政府は抵抗しつつも、被害の拡大を防ぐために犯人の要求に従うしかなかった。それにより、国民のプライバシーが侵害される事態が生じていた。一部の国民はこの制度に反発し、DTS法の撤廃を求めるデモが頻発していたが、政府は犯人との駆け引きを続けるためにDTS法を維持しなければならなかった。


その他にも、統計情報の改ざん、経済政策などのあらゆる分野に及ぶ要求があったようだ。それが、この5年程の急速な経済失速の原因になったと高田は言う。


国民はこの事実を知らず、政府の政策が失敗したと思い込んでいた。その結果、社会不安や経済の悪化が加速し、国内外の投資家からの信頼も失われていた。この状況は国全体に悪影響を与え、治安の悪化や失業率の上昇などの問題が顕在化していた。


純礼の目に怒りが浮かぶ。スラム街があんなに広がったことも、播本ありさや播本潤があんな生活に追いやられたのも、この事件のせいだったのだ。


今でも脅迫は続いているのか。それがあの逮捕につながったのだろうか。

高田はうなずき、そして貴仁が逮捕されることになった経緯を話し始める。


「実は、純礼からの情報は常に国に監視されていたんだ。T-RFIDシステムがそうさせている。会話や動画、全てのデータが国のデータベースに保管されてしまう。その中で、石に関わる情報が政府高官の耳に入った。」


「国は直々に石を手に入れるよう指示が出した。貴仁がDTS法違反をしているという口実で逮捕させるとまで脅迫してきた。だから、私は穏便に石を手に入れる方法を模索した。それが、あの日の連絡だった。」


「だが、予想通り、貴仁はその要求を拒否した。それを知った政府高官は、警察に働きかけ、貴仁を逮捕させたのだ。」


「政治家は、この国をよくするためにいるんじゃないのか?」貴仁は怒りを覚えながら言った。「自らの立場を利用して他人からものを奪うなんて。」


ただ、もしかしたらこの政治家も脅迫を受けたのかもしれない。北星市ミサイル事故での脅迫はまだ続いているのだから。


貴仁は高田に野口慎一と高橋直哉について尋ねた。「野口慎一と高橋直哉はどういう関係なんだ?」


高田は説明を始めた。「実は、野口と僕は昔からの知り合いでね。貴仁の実家が盗難に遭ったという報告を受けた時、僕は野口に相談したんだ。彼は警察にいた頃から犯罪捜査のスペシャリストだったからね。」


「それで、野口は高橋を連れて捜査に乗り出したというわけか」


高田はうなずいた。

「彼らが調査しているうちに、貴仁と純礼が石の事件に関与していることが分かった。それで、さらに彼らは深く調査を進めていったんだ。」


貴仁は再び高田に尋ねた。「じゃあ、盗難の犯人はあなたじゃないんだね?」

高田は首を横に振り、言った。「いや、盗難の犯人は僕じゃない。もちろん、瑛介の研究についてはいろいろ気になってはいたが。」


「さて、ここからが本題だ」と高田は言った。「知りたいことは、君たちの父親についてだろう?」


貴仁と純礼は緊張して高田の言葉に耳を傾けた。


「実は、僕は二人の死の原因についてははっきりとはわからない」と高田は言った。「確かに事故で亡くなったとされているが、どちらの死も何か不自然な部分があるんだ。」

「捜査情報は公開されていないけれど、どちらの死にもT-RFIDに関わる部分で何らかの不都合があったと思っているんだ」と高田は続けた。


高田は、椎名幸雄と音道瑛介がT-RFIDシステムの開発に携わっていた当時の様子を語り始めた。「瑛介が最初に開発した技術がT-RFIDだったんだ。その技術が国に認められたとき、彼は本当に喜んでいたよ。」


しかし、次第に状況が変わっていった。DTS法が具体化されるにつれ、瑛介はT-RFIDシステムの目的が情報収集と人々の統制にあると感じるようになった。これに対し、幸雄は国からの発注通りにシステムを作るべきだと主張した。


高田は続けた。「瑛介と幸雄は、毎日のようにその問題で口論していたんだ。幸雄は国の指示に従うべきだと言っていたけど、瑛介は国は人々を守るために存在するはずだと主張していた。僕はいつもその仲裁に入っていた。」


開発が終わり、運用が始まった後も、瑛介はT-RFIDシステムに対する責任を感じていた。「彼は、自分が欠陥のあるシステムを作ってしまったと悔やんでいたんだ。」


瑛介は、一度はT-RFIDシステムの問題点を公にしようと考えたこともあった。しかし、それは実現せず、彼は遂に高田重工業を辞める決断をした。


「父はどんな事故だったんですか?」純礼が尋ねる。


高田は深呼吸して、事故の状況について説明し始めた。

「椎名幸雄さんは、ある日突然、会社の研究所で起きた奇妙な事故に巻き込まれました。幸雄さんが働いていた研究室には、高電圧を扱う実験装置がありました。その日は、装置のメンテナンスを行っていたようですが、何者かが研究室の電源を操作し、通常よりもはるかに高い電圧が装置に流れるようになっていました。幸雄さんは、その高電圧に触れてしまい、感電死しました。」

またしても、ハッキングに関わるような事故だ。瑛介の死因も似たようなものだった。


最後に、高田は深刻な表情で貴仁と純礼に提案を持ちかけた。「僕は、君たちに高田重工業で働くことを検討してほしいと思っている。」


貴仁と純礼は驚いたが、高田は続けた。「君たちには、我々が開発中のPT-RFIDプロジェクトのリーダーとして参画してほしいんだ。これは、T-RFIDシステムの問題を解決し、人々のプライバシーと自由を守るための新技術だ。君たちの父親たちの遺志を継いで、新しい技術の開発に携わってくれることを願っている。」


貴仁と純礼は互いに顔を見合わせ、しばらく考え込んだ。彼らはまだその重大な決断を下す自信が持てなかった。


「もちろん、すぐに答えを出す必要はありません。じっくりと考えて、決断してください。」高田は言った。

二人は、提案を保留にして部屋を後にした。

部屋に戻った後、貴仁と純礼は向き合って話し始めた。久しぶりに真剣に話す二人は、多くの感情が交錯していた。

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