最終章2

144,聖剣の在処

「――次の用事をさっさと済ませるか」

 テディやカールとの話し合いを終え、時刻はすでに夜中と言ってもよい時間になっていた。

 そんな時間に、シャノンはまるで今から出かけるかのように身なりを整えていた。

 だが、なぜか彼は部屋を出ようとせず、おもむろに窓を開けた。

 かと思うと、そのままひょいっと飛び降りてしまった。

 部屋の場所は三階だったが、シャノンは難なく地面に着地した。

 少しばかり胸元を押さえ顔を歪めたが、すぐに気を取り直したように走り出した。

 こんな時間に彼がどこを目指しているのか。

 それは――王城だった。

 この行動のことは、シャノンは誰にも言っていなかった。せめてヨハンにだけは言うべきかと思ったが、余計な心配をかけると思ったので言わずに出てきたのだ。

(ブルーノの性格を考えるなら、本物の聖剣は必ずまだどこかに残されているはず――そして、恐らく王だけはその在処を知っている)

 シャノンはそのように当たりをつけていた。

 偽物を用意したからといって、ブルーノが本物の聖剣を廃棄したということはないだろう。あれは現代の魔術技術を使っても同じ物を作るのは不可能なレベルの奇跡的な〝神器〟なのだ。そんなものを破壊するなんて、あの男がするわけがない。出来るわけが無い。ブルーノという男は良くも悪くも本当に小物なのだ。

(いつかもしかしたら、本当に聖剣を扱える子孫が出てくるかもしれない……その可能性にかけて、本物は残しているはず――だとすれば、王位を継いだ人間だけは〝真実〟を知っているはずだ)

 全てはシャノンの推測である。

 根拠となる証拠は一つもない。けれど、シャノンにはほぼ確信があった。それはブルーノという男をよく知っているからこそ得られる確信だった。

 いま王城に向かうのは非常に危険だ。

 けれど、いまはとにかく時間が惜しかった。

 多少の無理はしてでも、必ず聖剣を手に入れなければならない。

 そのためにはどうしても王城へ――いや、現王アルフレッドのいる場所まで行かなければならなかった。

 もちろん、危険は承知の上だ。

 しかし、これは決して、彼にとっては無謀なことではなかった。

(オレは王城の構造なら誰よりも熟知してる自信がある……なんせ子供の頃から遊び呆けてたからな。抜け道も隠し通路も散々探しまくった。それがまさか今になって役に立つとは思わなかったが)

 現在の王城は騎士団ではなく、異端審問会が守りを固めているらしい。

 これもウォルターの指示だそうだ。彼は既に、騎士団をまったく信用していないということだろう。

 ならば、それはむしろシャノンにとっては都合が良かった。普段慣れていない連中が見張りをしているのなら、構造を熟知しているこちらにがある。

 シャノンがうまやの前を通りかかった時、彼の気配を察した愛馬が目を覚ましたように動き出した。それはまるで、主の気配を察した本物の馬のような動きだった。

 呼んでもないのに自ら顔を突き出してくる愛馬に、シャノンは思わず苦笑しながら近寄った。

「悪いな、今回はお前の出番はねえんだ。さすがに機械馬マキウスで移動すると目立つからな。それと、これは他の連中には内緒だからな?」

「ブヒヒン」

 愛馬はまるで彼の言葉を理解したように軽く鼻を鳴らした。

 その鼻先を軽く撫でた後、シャノンは身一つでマギル邸の塀を易々と超えていった。


 μβψ


「……もう間もなく戴剣式か。ようやく、わたしもこの〝重荷〟から解放されるのか」

 現王、アルフレッドは薄暗い部屋の中にいた。

 周囲には窓は一つも無い。まるで狭苦しい倉庫のような部屋だ。

 そこは隠し部屋だった。

 代々、王になった人間しか入ることができない隠し部屋である。

 部屋の真ん中には、一振りの剣が突き立てられていた。

 粗末な台座に無造作に突き立ててあるその剣は、どこからどう見ても聖剣グラムであった。

 この国の王権の象徴とでも言うべき聖剣が安置されるにしては、随分と質素な部屋だろう。

 そう、ここはまるで、むしろこの剣の存在そのものを外界から隔離しているかのようですらあった。

「……ッ」

 アルフレッドは剣に手を伸ばしたが、躊躇したように寸前で手を止めた。

 まるでその剣に触れればどうなるのか分かっているかのような躊躇い方だ。恐らく、彼は過去にこの剣に触れたことがあるのだろう。

 誰もいない部屋の中で、アルフレッドは思わず一人ごちた。

「……ウォルターならばあるいは、とも思うが――いや、無理であろうな。これは人智を超えた存在だ。人間に扱うなど不可能だろう。それこそ、ブルーノ様のような〝勇者〟でなければ――」

「――なるほど。〝本物〟はここでしたか。父上には何としてでも在処を教えて頂こうと思っていましたが……手間が省けましたね」

「ッ!?」

 突然、背後から声がした。

 アルフレッドは本当に腰が抜けるくらい驚いた。

 なぜなら、この隠し部屋は王の居室からしか入れない場所だからだ。もちろん、部屋の前には見張りがいる。誰かが入ってくることなどあり得ないのだ。

 なのに、そいつは本当にいつの間にか、そこに立っていたのだ。

 いまここにいるはずのない男。

 シャノン・アシュクロフトが。

「んな――」

 アルフレッドは絶句した。

 すぐには声が出てこない。

 それでも、ようやく何とか声を絞り出した。

「な、なぜお前がここに……? いったいどこから――」

「こんな夜分に失礼します、父上。急いでいたもので、許可も得ずに部屋に入ってきてしまいました。どこにも姿が見えないのでおかしいとは思いましたが……まさか王の普段使っている居室の一角にこんな部屋があったとは驚きましたね」

「み、見張りはどうした? ここに来るには何人も見張りがいたはずだ」

「安心してください。手荒なことはしていません。こちらも大事おおごとになると困りますので。今はもう誰も知らないような隠し通路を使って来ただけですよ」

「か、隠し通路だと?」

「ええ。この城にはそういうのが実はけっこう多いんですよ。ご先祖様は随分と用心深かったようですね。いつ何があっても、自分は逃げられるようにしていたんでしょう。そして――この隠し部屋。よほどこの〝本物〟の聖剣の存在を知られたくなかったと見える」

「!?」

 アルフレッドは焦ったような顔をした。

 一方、シャノンは構わず近づいてくる。

 アルフレッドはシャノンを睨みつけた。

「い、いったい〝本物〟のことをどこで知った!? これは代々、王位を継いだ人間しか知らぬはず――」

 そこで、アルフレッドは急にハッとした顔になった。

「そ、そうか!? シャノン、お前は今さら王位が欲しくなったのだな!? それでこの〝本物〟の聖剣を奪いに来たというわけか!? はは、だが残念だったな! これは普通の人間には触れることすらできん代物だ! 触れた瞬間、魔力を吸われ尽くして気を失うのが関の山だ! 誰にもこの〝本物〟を持つことなど――」

「失礼」

「え?」

 シャノンはアルフレッドの脇を通り抜け、そのまま聖剣に近づいて――あっさりと土台から引っこ抜いてしまった。

「んな――」

 その様子を、アルフレッドはただ呆然と眺めていた。

 一方、シャノンはそんなアルフレッドをよそに、まるで当たり前のように聖剣を鞘から出して軽く振るっていた。

「ああ、久々だなこの感じ……そうそう、こんな感じだったな。いやぁ、やっぱり手に馴染むなぁ」

「な、ななななな、なぜ持てる!? わ、わたしは昔、ほんの少し持っただけで意識を失ったというのに――」

「なぜ持てるか、ですって?」

 シャノンは鞘を剣に戻し、こう答えた。

「それはもちろん――オレが〝本物〟だからですよ、父上」

「ほ、本物?」

「ええ」

 そう言いつつ、シャノンはなぜか、アルフレッドに歩み寄り始めた。

 アルフレッドはまだ驚愕の最中にいたが、不意にハッとした。

 ここは誰にも知られていない隠し部屋。

 そして、いまそこには無防備な自分と、剣を持った相手しかいない。

 なぜ、シャノンが王しかしらないはずの最重要機密を知っているのかは分からない。

 だが――〝本物〟の聖剣が存在すると知っているのは、いまここに二人しかいない。新たな王がこの剣の存在を知るのは、正式に王位を継いだ後のことだ。故に、まだウォルターもこの剣のことは知らないのである。

 アルフレッドの目には、剣を携えて近寄ってくるシャノンの姿が、まるで自分の命を狙う刺客のように見えた。

「ま、待てシャノン!?」

「父上」

「ひぃ!?」

 アルフレッドは身構えたが――その目の前で、シャノンは片膝を突いて頭を深く垂れた。

 へ? と困惑するアルフレッドに向かって、シャノンは頭を垂れたまま、

「お話したいことがございます。少し、お時間を頂けないでしょうか」

 と、これまでにない慇懃さで言った。

 

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