第6話 ぼくと!
市井ゆうは『ひまわりでいず』で4番目にグループに入ってくる女の子だ。
他のキャラよりも大人っぽいが少々人見知り。
いわゆるお金持ちキャラでもあるが、そんな素振りは一切見せない。とても可愛らしく、穏やかな性格で、腰までかかる綺麗な長い髪が特徴の女の子だ。
昼食後に行われる校内見学で一ノ木と仲良くなるはずなので、この段階では彼女達と昼食を共にしないのは当然だった。
市井は声を掛けようと近くの女の子に近づいて行くのだが、勇気が出ないのか、すぐにUターンしてしまう。
これも作中では語られる事がなかったエピソードだった。「なかなか友達できない性格だから」 という彼女の言葉が良く分かった。
「声かけられないみたいだね」
机の片隅に座っていた樹木が言った。ついさっきまで机の上で走り回っていたのが嘘のように、今は体育座りで丸まっている。おそらく疲れたのだ。
「あの子に友達ができるのはこの後だからな…………」
そうは言ったが、心のどこかには引っかかるものがあった。
ーーこれでいいのだろうか?
「一緒に食べよう」 と誘ってみたらどうだろうか?
笑顔まではいかなくても、寂しさは紛らわせるかもしれない。
僕は、悲しそうな彼女の顔を見続ける事が出来なかった。
昔だったら女の子に声をかけるなんて到底不可能だったはずだ。でも今は、営業職で養った対人スキルがあった。社内でも特別高い訳ではなかったが、高校生の中では十分過ぎる程だった。
なにより、異性に声を掛ける恐怖心がない事が大きかったかもしれない。
「市井さん!良かったら僕たちと食べない?」
大きな声で呼んだ。
「え・・・」
突然呼ばれた事で市井はビックリしてこちらを向いた。
彼女の元へ向かう途中、ぼんやりしていた男にも声を掛け、グループに加えた。
さすがに1対1では警戒されてしまう。昼食のグループを作っているという形を取る必要があった。
「市井さんも一緒に食べよう。みんなに声をかけてるんだ」
「え…でも…」
近くの女の子をチラっと見た。さっき市井が誘おうとしていた女の子だ。この子と食べたいという気持ちと、男ばかりのグループに入るのに抵抗があるという二つの気持ちがあるのが、彼女の仕草でハッキリと分かった。
予想通りだった。だから、
「なあ、佐藤さん達も一緒に食べようよ」
佐藤さん達のグループも引きずり込む。まだ二人組であるため交渉の余地があった。
「そうだ!一緒に食べようぜ!みんなで食べた方が楽しいぞ」
先程仲間に引きずりこんだ男が言った。「女の子を誘うのを手伝ってくれ」 という僕の言葉に二つ返事で乗ってきたナイスガイだ。
「あ、遅刻君もいるんだ。面白そう!いいよ!」
佐藤さんが楽しそうに話に乗った。あんまりなあだ名であるが、この際仕方がない。
「市井さんも一緒に食べるよね?」
もう一度問いかける。
僕は彼女の顔をしっかりと見た。彼女の本当の気持ちを知るために。
少しでも嫌がる素振りを見せたら諦めよう。絶対に無理は強いはしない。
「……………」
「う…うん。ありがとう。お願いします」
彼女は小さく頷いた。
サラサラと髪が揺れる。開いた窓から、春の風が桜の花びらに乗って流れ込んでくる。
頬が少し紅潮しているのが分かった。
控えめだが、彼女が笑顔になっているのが分かった。
それは、『ひまわりでいず』で何度も見た、市井ゆうの笑顔だった。
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