第4話 輪音と太陽
時刻は午後7時、みんなそれぞれ対局やらイベントやら指導碁やら大盤解説やらで明日は早いということで赤星君の棋士仲間的祝賀会は早めに始めて早めに終わらせることにした。それは赤星君が言い出したことだ。彼も会見の後で疲れてるんだろうけど。
わたしの親友であり、棋士仲間でもある
「ねえ
何かを試すようにわたしを見てくる。そういう時は大抵半笑いだ。
「それはそうでしょう、全冠達成して、会見だって生中継されて皆にもお祝いしてもらってうれしくない人なんかいないわ」
来美と皆には言えないけど、正直なところわたしは素直にはお祝いできなかった。だって赤星君は…。
最初に赤星君と出会ったのは町の囲碁教室だった。わたしは7歳で星月君も7歳、通う小学校も一緒で家も近所だと聞いた。
赤星君と一緒に来ていたお母さんを見たときはびっくりした。よく家に来ているあのお母さんだと。どうやらわたしのお母さんの友達らしい、わたしと共通してることが多いからこの子と仲良くなれそうな気がしてうれしかった。
でもわたしと絶対的に違うことが一つあった。それは単純に棋力の差。
教室では先生に筋がいいとほめられることも多かった。でも赤星君はずっと上を歩いていた。
赤星君はわたしと対局するときは本気で打たない。子供のわたしでもそんなことに気付いた。
わたしより背が低くて弟みたいだと思ってた子に気を遣われるなんて……。
「赤星君、皆からプレゼントもらったじゃない? あたし赤星君がどんな表情するかなあと思ってみてたのね、そしたら輪音からもらったプレゼントが一番うれしそうな顔してたわよ? ふふふ」
「やだ、やめてよそんなこと言うの、気のせいだってばそんなの」
「そうかなあ? あたしにはそういう風に見えたんだけど?」
「そんなわけないって」
来美は突然わけのわからないことをいう子だ。特に赤星君とわたしのことに関ついて。赤星君は誰にだって愛想よくする世渡り上手キャラなのよ。来美の言ってることが事実ならまるで赤星君がわたしのことを好きみたいじゃない…。
「輪音どうしたの? 急に顔が赤くなった気がするけど…?」
「え? 気のせいでしょ? 昨日から体調よくないから」
「それにしても赤星君これからどうするのかなあ? プロ棋士になって、もういろいろとやりつくしたって感じじゃない? なんていうか燃え尽き症候群? というのになっちゃったりしないか心配だなあ」
来美は指に顎を乗せて思い出そうとするように話す。燃え尽き症候群って、赤星君はそんな繊細な神経の持ち主じゃないと思うけど。
「赤星君が燃え尽きちゃったっていうならわたしがまた燃え上がらせてあげるわ。油断できるのも今の内よ」
「おお、流石女流棋士の第一人者、世良輪音、次のターゲットは赤星君ってわけですかな? -男喰い- の異名は伊達じゃありませんからなあ、うひひ…」
「やめてよその言い方、知らない人が聞いたら誤解されちゃうじゃない!」
来美は冷やかして楽しんだろうけど、こっちはいい迷惑なんだから。一般的に女の棋士は男の棋士に比べて棋力差があると思われがちだ。そんな中でわたしは男の棋士に結構勝っている。
それでつけられた異名が -男喰い― なんて迷惑なのかしら…、そんなこと言われるために棋士になったわけじゃないのに…。
「輪音と赤星君って今二十歳よねえ?」
「そうだけど?」
また何か言いだす気だ、顔が半笑いになっている。
「適齢期どうしね」
「何の?」
やっぱり来美はわけのわからないことを言い出した。いいかげんにせい!
「あれえ? 赤星君つながらないなあ…、どうしちゃったんだろ?」
コツコツとヒールの音を弾むように響かせていた音が止んだ。どうしたのかと思うと来美はスマホの画面を見た後、不思議そうな顔でわたしの顔を見た。どうやら赤星君に電話をかけてもつながらないらしく、かけまちがいでもない様子だ。
「赤星君どっかでスマホ落としちゃったんじゃないの? 今までも何回もあったじゃない」
赤星君は囲碁以外ではおっちょこちょいなところが多々ある。対局日を勘違いしたり、対局開始時間に遅刻しそうになったり、地方の旅館で対局の時は旅館を間違えたり、あいつのお嫁さんになる人は苦労が絶えないと思う。
天才とはそういうものなのかしら? 来美はそういうところがかわいいとか言ってるけど、だったら来美が結婚してあげればいいのに。
「だめだわあ、何回かけても出ないわ、どうしちゃったのかしら赤星君、もしかしてあたし赤星君に嫌われてるとか⁉ えええ、なんでえええ⁉ あたし何か嫌われるようなことしちゃったかななあ…? ねえ、輪音がかけてみてよ」
被害妄想が痛々しい……。
「ええ? もう寝ちゃってるんじゃないの? それかやっぱりスマホどっかに落としちゃったとか、何か用でもあるの?」
「うん、次の目標タイトルは結婚ですかって聞いてみようかなあって」
「ええ、なにそれ、 赤星君てそういうキャラかなあ? 彼女もいないんじゃないかしら? そういう話も聞かないし」
とりあえずあたしから電話をかけてみてくれとしつこく言ってくるもんだからかけてみたけど、来美の言う通り何回かけても赤星君は出なかった。女の子二人の電話に出ないなんてどうしたんだろ?
「やっぱり心配よねえ、やっぱり燃え尽き症候群になっちゃったのかも、急に囲碁から離れたくなってどこか遠くに旅に出ちゃったとか?」
「あははは…、やめてよ来美、それ面白すぎるって、さっきも言ったけど赤星君、そんな繊細な神経じゃないよ。それに旅に出るってどこに行くのよ、それに赤星君が行きそうな所って見当つくの?」
そういえば赤星君のプライベートは結構謎だ。
「そうねえ、赤星君だったら異世界とか行っちゃったりして、それでさあ、怖いモンスターたちと碁の勝負してたりして」
「あははは、それはありえるかも、赤星君浮世離れしてるし、モンスターとならいい勝負ができるかも」
なんて冗談を言い合ってみたけど、本当に赤星君はどうしたんだろう…?
続
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます