第2話 異世界へようこそ

 今日はいい天気だなあ、雲一つない空に鳥たちが楽しそうに飛んでいる。そういえば子供の頃の夢は鳥になることなんて言ってた気がする。みんなに大笑いされたけどあの時は大真面目だったんだ。ああ…、それにしてもなんかふわふわした気分だ。夢を見てるんだな。もうじき目が覚めると思うけど、それにしても今回は変な夢だった。

 かわいいコスプレイヤーに遭遇して、俺を探してたとか、転生呪文でどうとか。

 夢占い的にはどういう意味だ? まあいいや。

 夢から覚めたらまた一日が始まる。今日は何するかな。詰碁か棋譜ならべか、毎日おんなじパターンだな。たまには違うことやるかな。

 それにしてもやわらかい布団だな、こんな柔らかい布団だったかな? これも夢か? ならもう少し夢の中にいたい………。


「…………様、赤星様、大丈夫ですか? 苦しいです、起きてください………」

 

「わかってるよ、今起きますって………」


 いや俺一人暮らしだし、起こしてくれる人なんか………ってうわああああああ⁉


 目を覚ました俺が最初に見たのはあのコスプレイヤーの女の子だった。しかも俺が覆いかぶさっているように寝ていた⁉


「ごごごごごごめん⁉」


 慌てて飛び起きたもののいまだ状況がつかめない。顔を赤くしている女の子は………確かティーナと言う名だった。確か17歳…、俺みたいな人間が抱き着いた状態になってたんだから……。やばい…、警察に通報されたらどうしよう…、棋士人生が終わってしまう…。


「わ、わざとじゃないんだ、自分でも何がなんだかわからなくて、納得いく説明したいけど、どう説明したらいいかわからなくて!」


「…別に気になさらないでください、あの状況ではしかたのないことでしたから、あんな風に男の人に触れられたのは初めてでしたのでびっくりしましたけど………」


 ティーナちゃんはもじもじと、何とも気まずそうな顔としぐさが初々しい。とか言ってる場合じゃない。あの状況では仕方ない? あの状況………………?

 

「そうだ、 確かティーナちゃんが転生呪文がどうのって言ってたあれのこと?」


 そういえばどこだここは…? 原っぱ? いや、森の中か? なんでこんなとこにいるんだ? コンクリートは? 俺は都内にいたはずだ。まさかティーナちゃんが唱えた転生呪文というのは本当だったのか? まさかそんなことがあっていいのか………………?

 

「あの……、赤星様? 申し訳ありません、こんなところに連れてきてしまいまして。でも赤星様は承知してくださいましたから…………」


 俺はよほど絶望的な顔をしていたんだろう。ティーナちゃんに心底申し訳なさそうな顔をさせてしまった。男として失格だ。どんな難解な局面でもポーカーフェイスでやってきたのに。

 夢の中だと思ってたけど夢じゃないのか……? 確かに意識もはっきりしてるし昨日の会見のこともはっきり思い出せるし、生中継を見たという女の子から声をかけられたことも覚えてるし………、そうだ、ティーナちゃんもあの時に会ったんだ………。事実俺は頭の中でティーナちゃんと言ってしまっている…。

 これ…、現実だ…。


「改めてご挨拶いたします。。私はティーナ、ウロ国の王女、マルリタ様の侍女シルヴィでございます。よくウロの国へ来てくださいました。心から感謝しております」


「いえいえそんな気になさらずに…………」


 俺が状況を整理できたのを察知したのか、丁寧なあいさつをしてくれた。シルヴィって何? と聞いたら侍女の事らしい。

 確かにこの子はこの国の国王の娘の侍女をしてるって言ってたな。そうだ、詳しいことは部屋で話すって誘われたんだっけ、その時に転生呪文を唱えて………、現在に至るか………。

 転生呪文ということは東京から異世界に来てしまったということか………、ははは………………嘘みたい………………。 だけどもう信じるしかないようだな。臨機応変に対応していこう。


「それで、ここは一体どこなんだ? ウロの国のどこら辺? 君の家は近いの?」


 これからはロールプレイングな人生を送ることになるのか…。


「ここはお城から離れたところです。赤星様が転生の時にひどく混乱されて私にしがみついてきたものですから、転生呪文の座標修正をあやまりました」


「座標修正? 俺数学とか苦手なんだけど…」


 難しいことはわからんけど、この場所は予定よりもずれたところらしい。しかも原因は俺みたいだ。確かにあの時はパニックになっていた。非日常現象を体験すると人間ああなるもんさ。ティーナちゃんに迷惑かけてすまなかった。


 早くもこの世界に順応してきた気がする。もともとこまかいことは気にしない方だし、この世界も楽しいかもしれない。それに向こうの世界に帰してくれるって約束してくれたし。

 それに木々の香が清々しい、外国が舞台のアニメの中にいるようだ。こういう生活に憧れてたし、美少女と行動を共にしてるし、成り行きに任せて満喫するのも有りだろう。


「それでこれからどうするの? 確かティーナちゃんの部屋で事情を話すって言ってた気がするけど?」


 これから女の子の部屋に招かれるなんてワクワクしかない。いったいどんな部屋なのか、やっぱりぬいぐるみとか置いてあったりするのかな? 向こうの世界と比べてやっぱりちょっと変わってるのかな? 気になる。


「ここから北の方に進めばお城が見えてきます。まずはお城に向かいましょう。しかし……、少し問題があって……、実はここはゴブリンが生息している森でして……、早々に立ち去るつもりだったのですが………、どうやらゴブリン達に気付かれてしまったようで………、すでに囲まれてしまっているようです…………」


「え? ゴブリン? この森にゴブリンが生息しててすでに囲まれてるだって? それやばくない⁉」

 

 ゴブリンはゲームの定番モンスター。ファンタジーにおいてはある意味主役だ。集団で行動し、集団で襲い掛かる。一匹一匹は弱いものの数の多さがやっかいだ。

 そんな情報はどうでもいい!

 辺りを見回すと確かに気配がする。動物とかじゃない、殺気を放つ邪悪な存在だ。木と木の間から目が光っている。もしかして俺たちを獲物だと思ってるのか⁉

 俺はケンカは得意じゃない、というかしたことがない。身のこなしもいい方じゃない。人生のほとんどの時間は囲碁に極振りしてきたんだから当然かもしれない。

 50メートル走は8秒台だし、逃げ足が速い方じゃない。 こんなことになるならジムに通っとくべきだった。

 いきなりの大ピンチで早くもゲームオーバーオチ…。死ぬなら元の世界で死にたい…。


「そうだ、ティーナちゃんの転生呪文で逃げられないの⁉ あれって瞬間移動みたいなもんでしょ⁉ 町から町へ行けるやつ!」  

 

 そうだよ、その手があるじゃないか。戦う必要もなく、走って逃げる必要もない。 安全安心確実な呪文、使いたい呪文ランキング一位の呪文。それをティーナちゃんは使えるんだから。

 

「申し訳ありません………、あの呪文は次元間移動の呪文で、空間移動の性質ではないんです。さらに転生呪文は一度使うと24時間経過しないと再度使うことができないのです………」


「なんだって⁉」


 ……何てことだ、崖から落ちた気分だ。エムピー制じゃないのか………。もともと俺が転送の瞬間パ二クッて抱き着いて、そのせいで転生呪文の座標修正をミスったと言っていた。責任は俺にある。なので俺がこの状況を打開しなくちゃいけないんだ!

 かといってどう打開すりゃいいんだ?


 そうこうしているうちにゴブリンが一匹また一匹と姿を現した。ゲームとかで見た通りのゴブリンだった。こうなったらもう戦うしかない! 


「ティーナちゃん! ゴブリンは俺にがひきつけておくから逃げてくれ!」


「しかしそれでは赤星様が…⁉」


「こうなったのは俺の責任だ。その責任をとるのが筋というもんだろ? 手筋は俺の十八番だ」


 言葉だけ威勢がいいのは自わかってる、威勢だけで女の子を守れるなら苦労はしない、しかし威勢のよさは男には必須だ。たとえここで死んだとしても後悔はしない。

まさか人生初のケンカの相手がゴブリンとは、何が起こるかわからないもんだ。


「来るなら来い、ゴブリン共……」

 

 こういう言葉を待っていたかのようにゴブリン共は襲い掛かってきた……。 そしてお望み通りと言わんばかりに先着した一匹が俺のみぞおちにパンチを浴びせてきた。


「ぐはああああ⁉」


 ゴブリンとはいえ野生モンスター。インドア主体で生きてきた俺の貧弱な体にはプロボクサーのパンチに匹敵する威力だろう。甘かった…。もしかしたら何とかなるんじゃないかと思っていた…。

 意識が遠のいていくのがわかる……、強烈な腹痛で気を失いかけたあの感じに似てる………。


「………様! しっかりして……⁉」 


「ちゃんの声だ……、逃げろって言ったのに何やってんだ……」


 俺は声を出せないままその場で意識を失った………。



                 続

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