第8話


「え……」


(けっ……こん?)


 無理だ。レイルが王族で、オリヴィアが悪役令嬢である限り結婚など。

 オリヴィアの名前は既に汚れ、国中に知られてしまっている。

 

「待って待って、レイルくん。私、第一王子から婚約破棄された女だよ? もう令嬢でもないし、私の評判は最悪。絶対王家は認めない。無理だよ」 


「僕ね、いずれ王宮を出るつもりだったんだ。国を継ぐのは生まれたときから兄様って決まってたし……お父様もお母様も、兄様さえいればいいみたいな感じだったから。僕はこれまでまったく期待なんてされなかったし……いてもいなくても同じ透明人間なんだ」


 オリヴィアはすくっと立ち上がった。

 つかつかとレイルの前に立つと、その身体をぎゅっと抱き締める。


 その瞬間、レイルは息を詰めた。


「え……あ、あの、オリヴィアさん?」


 戸惑うような声を漏らすレイルに、オリヴィアは言った。


「そんなことない。レイルくんは私みたいな人にも最初から優しくしてくれた」


 きっとレイルは、オリヴィアがこれまでどれだけレイルに救われていたか、知らないのだろう。


「……私、たぶんレイルくんがいなかったら、とっくに心折れてたよ」


 国中の嫌われ者。そういう設定だとはいえ、なにも感じないわけではない。


「僕だってそう……初めてオリヴィアさんに頼られて、僕……死ぬほど嬉しかった」


 レイルがオリヴィアの背中に手を回す。そのままぐっと腕に力を入れた。


「好き……オリヴィアさん」


 かっと頬が熱くなった。ばっと手を離すが、レイルは離さない。


「ちょ、レイルくん、いきなり告白は心臓に悪いよ」

「だって好きなんだもん」


(直~!! 心臓が止まる)


 レイルがオリヴィアの背中に回していた腕を腰に下ろし、ぐっと引き寄せた。


「ちょっ……わっ!」


 レイルはオリヴィアのお腹に額をつけた。そのまま囁くように言う。

 

「魔法具を作って売ってるから稼ぎもある。オリヴィアさんを困らせるようなことは絶対しない。あの王宮を出れば王家は関係なくなるし、それでも気になるなら、名前を変えればいい。戸籍の細工だって、必要ならやるし」 

「……そ、そこまではいいよ」


 レイルは腕の力を強めた。


「どうしてもオリヴィアさんがほしいの」


 こんな熱烈な告白を自分が受けるだなんて、まったく予想しなかった。

 オリヴィアは浮つくような気持ちでふっと微笑む。


「……ありがとう。すごく、嬉しい」


 ぽん、とレイルの頭に手を置き、わしゃわしゃと撫でると、レイルは顔を上げ、恨めしげにオリヴィアを見た。


「子供扱いやめて」

「だって可愛い~」

「可愛いは嬉しくない……」


 と、口を尖らせるレイルはやっぱり可愛い。レイルは表情を引き締めると、オリヴィアに言った。


「オリヴィアさん……僕の気持ちはなにがあっても変わらない。これからは僕のこと弟としてじゃなく、ちゃんと男としてみてくれる?」

「……うん」


(……正直、もうずっと前から見てるけど……) 


 耳にかけていたレイルの銀髪がさらりと垂れる。その光景は、言葉を失くすほど美しかった。 

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