第50話 追放されて良かったと、君たちにこう伝えよう

 セレナの口から血が零れ落ち、カラカラと剣が地面に落ちる。


【‼︎……ふっふはははは‼︎どうやら天は我に味方したようだな‼︎】


「セレ───………‼︎」


 膝をついたセレナに対し、魔王の蹴りが突き刺さる。

 何かが折れる音、何かにヒビが入るような音が洞窟に響いたのち。

 セレナは声を出すこともできずに壁に叩きつけられた。


「セレナ‼︎」


 起き上がることができず、動かなくなったセレナ。


「ここにきて天に見放されるか……ボレアス、行けるか?」


「行かなきゃしょうがないでしょーよ。ここまできたらあいつをぶっ倒さねーと今度はメルトラがペシャンコになっちまいますからね‼︎ フリーク‼︎俺たちはここであのデカブツを足止めしますから‼︎ 何とかしてセレナを助けてメルトラと三人でさっさと逃げやがってください‼︎」


 隠れている場所が魔王にバレるのは時間の問題であり、ボレアスはそう僕に指示をすると、ミノスと示し合わせるように武器を抜く。


「まっ‼︎ 待って二人とも……そんなの無茶だよ‼︎ 他に……他に方法を……」


「辛いのは分かるが、今お前が走らねばセレナが死ぬ‼︎ こんな老いぼれでも、足止めぐらいはできる。お前の足が頼りじゃフリーク‼︎」


 あぁ……この表情は知っている。

 追放された夜とボレアスとミノスは同じ顔をしている……。


 あの時の僕は、てっきりこれは役立たずを軽蔑する表情だと思っていたけれど。

 これは……本当は、大切な人との別れを惜しむ表情だったんだ。


「また……置いていかれるの?」


 僕は戦えないから、あの二人と一緒に肩を並べることはできない。

 あの二人がピンチの時に、庇うことも助けてあげることもできない。


 僕がもっと強ければ、仲間にあんな表情をさせなくて済んだのに。


 そう思うと悔しくて……僕は膝から崩れ落ちて地面を叩く。


 と。


 懐から、小さな小瓶が転がり落ちる。


 薄い青色の液体が入った小さな小瓶。

 黒の森で王様を助けた報酬として……命ひとつ分と言われて王様から渡されたものだ。


「命……ひとつ分」


 ふと、先日ルードが読み上げてくれた錬金術書の話を思い出す。


『命に等しき魂の雫、霊薬エリクシールに……悪しき闇の王の血を混ぜる。さすれば霊薬赤く凝固しやがて賢者の石と成る』


「これって……王様がくれたのってもしかして、エリクシール?」


 だとしたら……そうだとしたら……僕にはまだ出来ることがある。


 そう考えるより早く、僕は物陰から飛び出して走り出す。


 セレナの元でも、出口にでもなく……セレナが切り落とした魔王の右手の元へ。


「フリーク!? お前何して……」


「───僕を信じて‼︎ 援護してボレアス‼︎」


 初めてのことだった……誰かに自分を信じてなんて言ったのは。


 正直、普通の人間ならこの行動に気が狂ったと思うだろう。

 戦闘経験もほとんどない僕を、信じてくれと言う方がおかしいだろう。


 だって言うのに。


「────了解‼︎」


 ボレアスは何も聞かずに魔王の眼前へと踊り出し、魔王の気を散らしてくれた。


 本当に僕は大馬鹿者だ。

 誰一人として、僕を仲間じゃないなんて思ってなんていなかったんだ。

 ただ、僕が勝手に劣等感を抱いていただけ。


 みんなはこんなにも、僕を信じてくれていた。


「……だったら、その信頼に答えないと」


 いまだに地面に滴り落ち続ける魔王の血。


 僕は小瓶の蓋を開けると、滑り込むように魔王の腕へと走り、溢れる魔王の血をエリクシールの中に注ぐ。


「‼︎」


 瓶の中に赤い光が灯り、薄い青色であった液体は魔王の血と溶け合い、やがて小さな赤い結晶に姿を変えていく。


「これが……賢者の石」


 これをセレナに飲ませれば……全部終わる。


 そう気を抜いてしまった瞬間。


【貴様……そこで何をしている……】


 魔王と目が合う……。


「しまっ……」


 膨大な魔力に、押しつぶされそうになるほどの威圧感。

 片目を失い、片腕を失ってもなお、ボレアスとミノス二人を圧倒するその強大な力は、ここにきて僕に気がついてしまった。


 これが賢者の石だと、セレナを復活させ得るものだと知れば、真っ先に魔王は僕を殺しにくるだろう。


【貴様……その手のものは……】


 終わった……もう誰も助からない。

 ボレアスも、ミノスも、メルトラも……セレナも……。


「貴様の相手は……ワシだろうがのぉ‼︎」


 瞬間、魔王の傷ついた右目に斧が突き刺さり、魔王の巨体がその場に崩れる。


「ミノス‼︎」


「行けフリーク‼︎」


 背中を押してくれるミノスに僕は頷き……再び走り始める。

 今度はセレナに向かって。


 今まで眺めているだけだった……助けることができなかった。


 でも、ルードに出会って、王様に出会って……僕は色々なものを与えられた。

 その繋がりが今を作ってくれた。


 今僕が走っているのは、それを君たちに伝えるためだ。



 僕は何も変わっていないけれど……僕が出会った人たちと紡ぎあげたものが……

 自分が選んだ人生が、初めて君たちを助ける力になるのだと。



 ────追放されて良かったと、君たちにこう伝えよう。


「セレナ‼︎」


 瓦礫を掘り返し、僕はセレナを助けおこす。


 腕や脚はあり得ない方向に曲がり、病気の発作のせいで口からは大量の血が泉のようにどくどくとこぼれ落ち、僕の声も聞こえていないのか虚な瞳で細い息を吐いている。


「セレナ……これを飲んで」


 小瓶にできた賢者の石を取り出し、セレナの口に含ませる。


 だが。


「────……」


 飲み込む力すら残っていないようで、セレナの口元から力無く賢者の石がこぼれ落ちる。


 こんなに弱っているセレナなんて見たことがない。


「っ……だったら」


 僕は賢者の石を口に含んで……セレナに唇を重ねる。


 ─────ゴクン……。


 嚥下をする音が小さく唇越しに聞こえ、同時にセレナの体に赤い光が巡る。


 血が滲んでいた腕や足の血が止まり、音を立てて傷が癒える。

 いや……それどころか、凝れ落ちた血が、服に染みた血さえもまるで時間が巻き戻るかのようにセレナの体の中に戻っていく。


 賢者の石は……間違いなく効いていた。


 と。


「ッ‼︎?んんんん‼︎?」


 抱きかかえていたセレナは腕を伸ばして僕の頭を押さえつけ……同時に柔らかい感触が口の中に入ってくる。


 セレナ……舌を入れてきた。


「ッ‼︎‼︎‼︎」


 慌てて振り解こうとするも、セレナはさらに強く……深く舌を絡ませてくる。


「んんんん……っぷはぁ‼︎ セレナ‼︎ その、今は離れて‼︎」


 正直もう少しこのままでいたかったが、このままだとボレアスとミノスが死んでしまうのでセレナを振り解くと。


「…………ふぅ、生き返ったわ。魔王にやられて、ついさっきまで気を失っていたから何があったか分からないけれども。分からないけれども‼︎」


 それはもうご満悦の表情でセレナは立ち上がり、ぺろりと舌なめずりをした。


 嘘をついているのはバレバレだったが追求はしなかった。


「セレナ……具合は大丈夫?」


「えぇ……怪我も快調だし、何より呼吸が全然違う。今まで肺にヒルでも住み着いてるんじゃないかしらって疑うほど重かった肺が……もう何ともない。一体何をしたのフリーク?」


「……僕は何も、ただ王様の命一個分の貸しを返して貰っただけさ」


「貸し?」


 セレナは不思議そうに首を傾げたが、今はそんな昔話に花を咲かせている場合ではない。


「セレナ……ボレアスとミノスを助けてあげて。僕にできるのは、ここまでだから」


 見れば、遠くで戦っているボレアスとミノスは既に満身創痍の様子で、何とか耐えてはいるがどちらも気をぬけば今にも死んでしまいそうだ。


「……そうね、こんなにもボコボコにしてくれたお礼はしないといけないとだし」


 セレナは床に落ちた剣を拾い上げ、戦場に向かおうとする。


「セレナ……」


 そんなセレナを、僕は呼び止める。


「何かしら?」


「その……僕、ようやくみんなと一緒に戦えたかな?みんなの役に立てたかな」


 今まで不安だった。

 ただの荷物持ちではなく、一緒に肩を並べて戦う仲間になれたかどうか。

 そんな質問にセレナは僕に微笑みかけると。


「間違いなく、この勝利はあなたが運んだものよフリーク」


 そう言って、魔王の元へと駆け出した。


 そんな彼女を見送りながら、僕は洞窟の中で仰向けに倒れる。

 自然と口元はにやけ、心の中から温かいものが湧き上がる。


「……はは、そっか。僕のおかげで……魔王に勝ったんだ」


 この感情が、勝利の喜びだと知ったのは……セレナが魔王を一刀両断をした後であった。

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