第43話 告白
その後、騒ぎを聞きつけて駆けつけた騎士団にボレアスは拘束をされ、大怪我をした王様は街にある大きな診療所へ移された
血だらけで運び出される王様を見て、貴族や元老院達は初めは冷静な反応を示していたのだが、王妃様が三日三晩寝ずの看病をしたという話が王城に広まってからは、ようやく事の真相を理解したらしく、ボレアスの流した噂を信じきっていた彼等は、王様のいないお城を自らの保身と責任逃れのために右に左にと駆けずり回っていた。
ボレアスはというと、重罪人として王都の地下にある特別な監獄へと収監された。
その地下監獄は元々反逆者や凶悪犯罪者を閉じ込めておくために作られたもので、その厳重さと広大さから、国中から集めた魔王の魂もそこに一箇所に保管されているのだとか。
そんな場所の最深部に閉じ込められた状態で、ボレアスはメルトラによる尋問の日々が続いているそうだ。
だが、元々水と油なあの二人のことだ、ボレアスの口車に唯一乗る心配がないといえば聞こえはいいけれど、度重なる喧嘩により事件の捜査が難航するのは火を見るより明らかだろう。
さて、最後にセレナと僕の話だが。
セレナの調子は芳しくなく、丸々一週間眠り続けている。
彼女が自分の部屋を破壊されてしまったため、彼女は今王妃様の寝室を借りて治療を受けている。
セレナの主治医に話を聞くと、彼女は城に来てからずっとこうして発作を繰り返しては、昏睡状態に陥っているのだという。
初めのうちは、数時間程度気を失っているだけだったのだが、次第に眠っている時間は長くなっているのだとか。
部屋が医務室の近くにあったのは、急な発作の際に対応がすぐにできるようにとの王様の配慮だった。
その話を聞いた時……僕は銀の風を追放された日のことを思い出す。
『これ以上貴方と一緒にいると迷惑になるのよ……だから私たちのことは忘れて、貴方はここで新しい人生を見つけなさい』
セレナは、僕に迷惑をかけないように……自分から家を出ていったのだ。
「本当、君は昔から不器用だよね……僕が言えたことじゃないけどさ」
眠るセレナの隣で僕はそう呟いて……そっと手を握る。
と。
「……フリーク。よかった……私まだ、貴方のそばにいられるのね」
事件から一週間が経った夕方に彼女は目を覚ました。
ポロポロと涙をこぼす彼女を見たのは久しぶりで……僕はできるだけいつものように
彼女の手を少し強く握って「大丈夫だよ」と声をかけた。
日が落ちて夜が来るまで彼女は泣いた……やがて落ち着いたころ、セレナはポツポツと話をしてくれた。
「ガルガンチュアの迷宮攻略を始めた頃、血を吐くようになったわ……段々とその頻度が増えていって、医者に診てもらったら保って数年だって……あるいは王家にある魔法の霊薬エリクシールがあれば、もしかしたら助かるかもって言われて……結局、効果はなかったんだけどね」
「そうだったの?」
「えぇ、エリクシールは万能じゃなかったわ……藁にも縋る思いだったけど。そもそも、万能の霊薬なんてものが存在してたら、王様の足が悪いままのわけないのに、気づけって話よね」
そうため息まじりにセレナはいうと、自嘲気味に笑う。
「じゃあ、王様に仕えることにしたのは、病気を治すためだったんだね?」
「えぇ。ずっと仕えてたのも、ここなら病気を治す方法が見つかる可能性があったからよ……王様もそれを許してくれた」
「……そう……だったんだ」
「王城に行くって決めた時、貴方のことは皆で話し合ったわ。皆は連れて行こうって言ったけれど、私が反対したの」
「……僕を巻き込まないためでしょ?」
「そう自分に言い聞かせたわ。冒険は終わったのだから、貴方には貴方自身の人生を歩ませてあげるべきなんだって。貴方に真実を話さないのも、誰よりも優しい貴方を、私のせいで縛り付けたくなかったからってね」
確かにその通りだ。
昔から、親から言われた通りに生きて、セレナと友達になってからは、僕はセレナのあとをついていくだけ。
昔の僕は自分の人生さえもセレナに頼り切りだった。
みんなに置いて行かれて、サイモンに出会って……ルードと友達になって。
確かにあの時から僕の人生は始まったのだろう。
「セレナは正しいよ。きっと、あのまま一緒に王城に行ってたら……空っぽなままだった。絵を描くことも、友達を作ることも、自分で考えることも出来ないままだった」
その言葉にセレナは一瞬だけ嬉しそうな表情をして……すぐに顔を伏せた。
「貴方の活躍を聞くたび、とても嬉しかった。自分の凄いところも見つけられて、ちょっと鼻持ちならないけれども相棒って呼んでくれる友達もできて……私のやったことは正しかったんだって思った。でも、貴方が王城に来てすぐに気づいたの。私はただ、貴方から逃げ出しただけだったって」
「逃げ出した?」
「貴方を追放したのは、結局自分のためだったのよ。全部自分を正当化するための真っ赤な嘘……本当は、この姿を見られるのが怖かったの。ボロボロになって、弱って、醜くなっていく姿を貴方に見られたくなかっただけなの……嫌われたくなかった、貴方の中だけでは、せめて強くて、格好いい私のままでいたかった。だから貴方を追放したの……嫌われるのが、失望されるのが怖かったのよ」
弱々しく僕の手を握るセレナは、僕の知っている強い彼女ではなかった。
でも。
「どれだけ長い付き合いだと思っているのさ……君が多少弱くなったぐらいで、僕は君を嫌いになったりなんかしないよ」
「そうね……私はとんだ大馬鹿者だった。貴方を信じられなくて、嘘をついて……あんな状況にまで追い詰められないと、本当のことも言えない弱虫……優しい貴方を、数えきれないくらい傷つけた。本当、酷い女よね」
自分を責めるようにセレナはそういうが、僕は首を横に振る。
「そんな昔のこと忘れちゃったさ……これからもそう。何度も嘘をつかれたって、裏切られたって、そんな事忘れて、何度だって君を迎えに行くよ。自分の足でね」
許す……とは違うと思ったから、僕は忘れようと言った。
これからセレナがどんな嘘をつこうと、どんな悪い人になろうと、何度でもそんな姿は忘れてしまおう。
着飾ったり、強がったりする彼女なんて忘れて。
僕だけは弱くて、泣き虫で、誰よりも優しい本当の彼女を見続けて、ずっと忘れないようにしてあげよう。
それはきっと、僕にしか出来ないことで、その言葉はきっと、セレナを安心させてあげられると思ったから。
「フリーク……………………ありがとう」
子供のようにまた泣き出したセレナを、僕はぎこちなかったけれども抱きしめる。
そんな僕を、セレナは強く抱きしめ返してくれた。
言葉にしないとわからないことは多いけれど。
その時ばかりは、お互いに言葉は必要なかった。
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