第41話 黒幕
「お、お前……いつから?」
「ついさっきですわ。 あなたの、『まったく、自殺なんてらしくないことをしおって』ぐらいからかしら?」
「ほとんど最初からじゃねぇか⁉︎」
王様は顔を真っ赤にして声を荒げるも、少しホッとした様子だった。
王妃様は首元に大きなアザはあるものの元気そうで。
くすくすと王様をからかうように体を起こすと、こちらに今度は向き直った。
芯が強そうで、でも優しそうな表情。
ちょっとセレナに似ているかも……なんて僕は思っていると。
「こうして直接お話をするのは初めてですわね、王の足殿。私はアミルダと申します」
「あ、ど、どうも。フリークです」
国家転覆を狙う悪女……実質国を一人で動かしている女性……。
さまざまな異名がある王妃様はもう少し怖いイメージがあったのだが、目の前で話す王妃様は、見た目や話し方こそ凛々しいが、怖いというイメージは不思議と湧かなかった。
「おいおい、呑気に挨拶なんてしとる場合かお前は‼なんで自殺なんか計った?いや、それよりも具合は大丈夫なのか?」
突然目覚めた王妃様に気が動転をしているようで、王様は食い気味にそんな質問を投げかける。
「えぇ、元々自殺は偽装ですもの。眠っていたのもただのお昼寝ですし」
だけどそんな王様に対し、王妃様はさらっとそんな返事を返した。
「……ぎ、偽装?」
「えぇ、言葉の通り、自ら命を絶つ行為を偽り装いましたわ」
「な、なんでそんな事を?」
「一つは貴方……王様と話をするためです。私が貴方の命を狙っている……なんて噂が出回って以来、騎士団は私を貴方に近づけないようにしていましたから」
「とは言っても……随分と思い切った呼び出し方だの。ワシが来なかったらどうするつもりだった?」
王様は呆れたようにそう言うが、王妃さまは優しく微笑んで。
「そこは、信じていましたわ。私に何かあった時は、貴方はきっと会いに来てくれるって」
「確かに大騒ぎだったものね、王様?」
「や、やかましいわ」
顔を赤くして照れる王様に、王妃さまは嬉しそうに微笑む。
なんとなくだけど、王妃様も王様もお互いのことが好きなんだなって思った。
「それで王妃様。一つは、と言うことは他にも理由があるの?」
「えぇ、もう一つの理由は相手の計画に対して予想外の一手を打つためです」
王妃様の言葉に、僕と王様は互いに顔を見合わせて首を傾げた。
「相手? 計画?……お前はなんの話をしているんだ?」
「あら……これは失礼。私としたことが、貴方と久しぶりにこうしてお話ができて、私も舞い上がってしまっていたみたいですわ。一から説明を差し上げます」
「あぁ、そうしてくれ……お前がここまでするんだ。ただの悪戯ってわけじゃなかろう?」
王様はやれやれとため息をつきながら王妃様にそういうと。
王妃様はえぇ、と頷くと。
「……初めに、自殺を偽装した理由ですが、銀の風が企てる謀反を暴くためでございます」
そう静かに、王様に告げたのであった。
□
「む、謀反の疑いじゃと?銀の風が?」
一瞬王様は僕の方を見るが、慌てて僕は首を左右に振る。
「えぇ……正確には銀の風の誰かですが。随分な曲者を傍に置きましたものですね」
「曲者って……確かにあの女(セレナ)の性格は癖が強いが」
「そうですね。初め私も貴方に一番近しい彼女を警戒していました……それはもう四六時中睨みつけるぐらいには警戒していましたが、完全に見当違いでしたわ。彼女は、人に罪をなすりつける前に切り掛かってくるタイプですから。だから私は……」
「ちょ、ちょっと待ってよ。そもそも謀反ってどういう事さ?」
淡々と話を続ける王妃様に僕は思わず会話に割って入る。
いきなり銀の風が謀反を企んでるって言ったり、セレナがどうとかと言われても頭が追いついてこなかったからだ。
そんな僕の混乱を理解したのか、王妃様は一旦言葉を止めてこちらに向き直ると。
「言葉の通りですわ王の足殿。あなたがかつて在籍していた冒険者パーティー、銀の風のメンバーの誰かがエドワード王とそのご子息ジョージ様の命を狙っています。私に罪をなすりつけた上でね……貴方も何度も殺されかけたでしょう?」
そうキッパリと言い切った。
「命を狙うって……まさかオークション会場や森で人狼に襲われたのも、銀の風の仕業だっていうの?」
「ええ、その通りです」
「そんな馬鹿な。銀の風がなぜワシと息子を狙う?」
「動悸は不明です」
「不明ってお前……なら証拠があるのか?」
「いいえ今はまだありません……彼らが犯人であると至ったのも、言ってしまえばただの消去法ですから」
「消去法だと?」
「まず一つに、私が王位簒奪を狙っているという噂の発露……この噂がたち始めたのはちょうど魔王の復活が事実上阻止をされた時期、彼らを王宮に招き入れてからです。当然のことながら根も葉もないただの噂と捨て置いていましたが、周到に計画された上で吹聴されたのでしょう。今では元老院や貴族たちも信じきっている始末です」
「血のつながった息子のために王位簒奪を狙う第二王妃か……確かに、よくある話だ。特に元老院や貴族たちのワシへの反応を見る限り、そうあって欲しいと願うやつも少なからずおるだろうしなぁ」
納得したような王様であったが、僕としていれば友達が疑われているため気が気ではない。
「ちょ、ちょっと待ってよ。噂話が広まり始めた時期と重なっただけなのに、それだけで犯人扱いをするなんて良くないよ‼︎」
「もちろん、同じ時期に王城に取り立てられたものは銀の風だけではありません。ですが、二度にわたる王と王子の暗殺計画は、並の人間に実行できるものではありません」
「暗殺計画って、オークションの時と狩りの時の?」
「そうです。 一度目の暗殺の際は誰にでも犯行は可能でしょうが、二度目の森での一件を実行できる人間は、王城の中では指折り数えるほどまでしぼられます」
「と言うと?」
「まず、お二人を襲撃のために使用された魔法、人狼の召喚ですが、その召喚に使用された触媒はファラウッド家が所有していたアルゴニールの牙……古龍種のものでした」
王妃様の言葉に僕は黒の森でセレナが見せてくれた龍の牙を思い出す。
「セレナが森で見つけた奴だね……」
「えぇ。確認したところ精巧な偽物といつの間にかすり替えられていたようです。ファラウッド家は貴族の中でも一際力のある名家、忍び込むのは容易ではないでしょう。それに加えてアルゴニールの牙を用いた召喚魔術……言うまでもなく古代龍アルゴニールの牙は一部とはいえ魔王の魔力を帯びている危険な呪物です。並の術者に扱えるような代物ではありません」
「待て待て、確かに犯人は手練れなのかもしれんが、それでもまだ断定するには早いんじゃないか?指折り数えるほどしかいないと言うことは、銀の風以外にも実行が可能な人間がいるってことだ……それに、噂を広めている人間と暗殺計画を企てている人間が同じ奴とも限らんだろう」
確かにそうだ。確かにボレアスならアルゴニールの牙を盗み出すことは簡単だろうし、
メルトラなら魔王の魔力すら制御することもできるだろう。
だが、この二人にしかできないと言うわけではない。
貴族や王族なら、条件に見合った人間を雇うことなんて簡単なはずだ。
しかし、王妃様は「確かにそうですね」と呟いてさらに、ですが、と言葉をつづけた。
「……王と王子の狩りの日取りは一部の騎士団員と銀の風しか知り得ない情報です。 貴族はもちろん、私にすらあの日の狩りのことは知らされていませんでした……違いますか?」
「そうだったの?」
僕は王様に尋ねると、王様は低く唸った。
「……確かに、息子に刺客が放たれ、あまつさえ犯人がまんまと逃げおおせていたからな。
あの事件以降は大事をとって無防備になる狩りの日程は一部の騎士団にしか知らせていなかった……だが」
「分かっております。これも全て推察。これだけで銀の風の犯行と言うにはあまりにも証拠が足りません。良くてちょと怪しいかな程度でしょう。だからこそ、最後のピースを埋めるために、私は首を吊ったのですよ」
「ワシに無実を訴えるためか? そんな事しなくともワシは……」
「いいえ、犯人にボロを出させるためです」
きっぱりと否定をした王妃様に、王様は少し寂しそうな顔をして口を窄めた。
「ボロを出させるって? どう言うこと?」
そんな王様の表情に気づかないふりをして僕は王妃様に話の続きを促すと王妃様は説明をするように人差し指を立てて話を始めた。
「リナルド王を狙う理由こそ不明ですが、犯人は私が王位簒奪のために王と王子の命を狙っている……というシナリオを用意したのは確かです。では、シナリオの主役である私がその舞台から退場を謀ったとしたら?」
「退場って……自殺ってこと?」
「えぇ、私が企てていることになっている王位簒奪という計画は、不本意ですが貴族や元老院は見て見ぬフリという形で肯定をしている状態です。それに加えて王の警護をする騎士団でさえも、十分な証拠も揃えられず手をこまねいている状態だと彼らは演出していた。側からみれば、王と王子の暗殺は時間の問題。私の自殺は不自然極まりないものに多くの人に映ったでしょうね」
「確かにな……元老院のジジイたちの慌てよう、お前にも見せてやりたかったわい」
「でしょうね。王位簒奪まであと一歩……と言うところでの自殺未遂。元老院も馬鹿ではありませんから、違和感を感じて本格的な事実確認を行うものも出てくるでしょう。そうなると、犯人にとっては面白くないでしょう?私が犯人であるからこそ、王と王子の暗殺は黙認されていたのですから。だからこそ、何らかのアプローチを仕掛けてくるはずと踏みました」
「何らかのアプローチ?」
「えぇ、そうですね。 例えばあるはずのない遺書をでっち上げるとか」
「え?」
ドクンと心臓の音が跳ね、冷や汗がじわりと滲んでくる。
今王妃様は、あるはずのない遺書と言った……それはつまり……。
「その反応、やはり銀の風の誰かが用意していたのですね、私の遺書を」
王妃様の言葉に僕は口をぱくぱくさせることしかできない。
取り調べの際、ボレアスが見せてくれた王妃様の遺書は、間違いなく王妃様の部屋に残されていたのだとボレアスは言った。
いや、それだけじゃない……思えば王妃様が王様と王子様の命を狙っているという情報は、思えば全部ボレアスからの……。
でも……じゃあ、だとしたら。
「……ボレアスが」
信じたくはない……だけど僕はそんな答えを口にしようとすると。
「やれやれ、こんなことになりやがるんじゃねーかと思ったから、面会をさせたくなかったんですけどねぇ。本当、最後の最後で余計なことしてくれやがりましたねぇ、フリーク?」
不意に部屋の隅……暗がりの中から声が響く。
聞き慣れたその声の方向へと視線を向けると。
どうやって入ったのか、そこにはボレアスが冷たい笑みを浮かべながら立っていた。
その手に、一振りの短剣を握りながら。
□
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