第30話 王宮勤めになりました

それからしばらくして、僕は約束通り宮廷画家として王様に仕えることになった。


画家、と言うのは王城でもなかなかの地位があるらしく。

僕はそれなりに大きな部屋とアトス・ポルトス・アラミスという三人の世話係付きという中々の高待遇で迎えられた。


宮廷画家としての僕の仕事は、もっぱら宮殿の絵を描くことと、貴族や王族の人の肖像画を描くことがほとんど。


見たものをただ書き写すだけなのでやることは迷宮の絵を描くことと何ら変わりはなかった。きっと変わったのは使う絵の具の色だけが異なるぐらいだろうし、労力だけで言えば描く総面積・・・が少ないぶん幾分か楽になったほどだ。


だというのに、もともと迷宮画家として名前が知られていたことと、ボレアスが何かしらをしてくれたお陰で仕事は上々であり、一枚絵を描くたびに割り当てられた部屋に高そうな置物や剥製などが増えていった。


興味がないので邪魔なだけなのだが……やけに気合を入れて世話係が部屋を飾るせいで、なされるがまま僕の部屋は派手にキラキラ輝くようになっていった。


まぁそんなこんなで、側から見れば順調に、僕からすれば単調に時間がすすみ、あっという間に半年が過ぎた。


ルードとはいまだに手紙でやりとりをしていて、今は船で海に出ているのだと教えてもらった。

生き別れた妹さんと、ついでに胡椒を探しに行くのだそうで、見つかるようにとオークションで手に入れたお金を、僕は全てルードに送ってあげた。


海の上でお金が何の役に立つかは分からないけど、僕が持っているよりもよっぽど有効な使い道だろう。


お金を送った数日後、【サンタマリア号】と名前の書かれた豪勢な船の権利書が届いた。


よく分からなかったが、綺麗だったので今は額縁に入れて飾っている。


閑話休題。


さて、僕とセレナの関係の話に戻ろう。


と言っても、ルードの話を最初に持ち出した時点でお察しかと思うが、当然のように何の進展もなかった。


むしろ三歩ほど後退、と言ったところだろう。


王子を狙った暗殺者のせいで、護衛であるセレナは更に自由な時間を失ってしまい。

加えて平手のことも気にしていることもあり、王城内で顔を合わせてもそそくさと逃げられてしまう日々がもう半年も続いている。


思えば王宮に来てからいまだに一度も会話らしい会話もできておらず、日がな一日ダラダラと絵を描き続けているという状況。


不甲斐ないと思いながらも動くのは筆のみ。

口から漏れるのはため息のみである。


はぁ……。



「……知ってましたかフリークさん。この世界には、どんな病気も治してしまう魔法の石があるらしいですよ?」


と、何度目か分からぬため息をついたある日。


いつもとは異なり、不意にそんな豆知識が降ってきた。


思わず声の方へと目を向けると、視線に反応するかのように謎の豆知識を披露した魔法使い、メルトラが手に持った本をパタンと閉じてこちらに視線を返してくる。


「へ、へぇ……そうなんだ?」


突然のことに、少し戸惑いながら言葉を返すと。メルトラは少し考え込むような仕草をして。


「失礼しました……なにやら思い悩んでいるように見えたので。気分転換にでもなればと思ったのですが、これは適切ではなかったようですね」


「あ、ご、ごめんメルトラ……」


どうやら彼女なりに気を使ってくれたらしく、僕は思わず謝ってしまう。


「いえ、別に謝ることではありませんが……。ここに来てから、日に日に元気がなくなっているような気がして……食事や環境があいませんか?」


「うぅん。そんなことないよ。 ご飯も美味しいし……問題はないよ」


「そうですか……何かあれば言ってください。ボレアスにくれぐれも貴方の身の安全を守るようにと依頼されていますので……護衛の一つもできない女とあいつに思われたくありませんからご協力お願いします」


「あぁ、そうね、ボレアスにね……うん、ありがとう」


メルトラは淡々とそう言うと、再び本を開き視線を落とす。


正直、一緒にパーティーとして活動をしてきた時から、メルトラのことはよく分からない。

僕が四歳の頃、村の近くに居を構えていた領主様の家に養子としてやってきたこと以外は、彼女の過去というのはほとんどわからないのだ。


メルトラは神童と呼ばれるほどの天才であり、誰もが優等生と認める真面目で上品な性格の少女であり、村の人たちも、彼女の噂話を好んで話し合っていた。


もちろん、もっぱらの噂は彼女の魔法の才能の話である。


物心つく頃に独学で基礎魔術を扱った彼女は、領主の中でも有数のお金持ちであったことも幸いし七歳という若さで王立魔導学園に入学。

その翌年には飛び級で学園を主席卒業するという天才ぶりを披露し、国中にその名前を知らしめた。


どれぐらい有名だったかといえば、彼女が十歳の時、近くを視察しに来た王様とお妃様が、彼女に直々に勲章を授与するためだけに僕たちの村に立ち寄ったほど……と言えば、彼女がどれだけ魔法使いとして将来を期待されていたかわかるだろう。


もちろん、遠目に僕もセレナと二人でその光景を眺めていたのだが。

あの時はまさか、一緒に冒険をすることになるなんて夢にも思わなかったものだ。



仲間になった彼女は、パーティー内では頭に血が上ったセレナのブレーキ役として。

また、ボレアスやミノスが起こす問題事を解決する保護者として、みんなから頼りにされていた。


まぁ、ボレアスとはしょっちゅう喧嘩をしていた気がするけれど。

しっかり者のお姉さん……と言うのが、僕の中での印象である。


「フリークさん……先ほどからこちらをじぃっと見つめていますが、何か?」


どうやら思ったよりも彼女を見つめ過ぎてしまっていたらしく。

訝しげにメルトラは眉を顰めた。


「あ、あぁ‼︎? ごめん……ちょっと昔のことを思い出しちゃって……」


「昔のこと……まさか変なこと思い出してないですよね?」


「変なこと……」


なんだろう、お酒を飲んで(自主規制)を(自主規制)したことかな。

それとも酔っ払って(センシティブ情報)で(禁則事項)したことだろうか?


「思い出しましたね……」


僕の反応で察したのか、メルトラは無表情のまま魔導書を手に取ると、左手に炎が宿る。


「う、うわあぁ酷いよ誘導尋問だ‼︎?」


「…………冗談です。こんなところで炎出して火事になったら大変ですし、本気でやるわけないでしょう? ちょっとしたメルトラジョークです。気分転換ぐらいにはなったのではないですか?」


慌てる僕にメルトラは一つ咳払いをしてそういうが、彼女はボレアスとの口喧嘩がきっかけでギルドハウスを何度か全焼させた前科がある。


手加減、火加減というものができない大雑把な性格なのである。


「ま、まぁスリルはあったかな。ありがとう、目が覚めたよ」


「それは結構」


メルトラは無表情ながらどこか満足げにそういうと、再び書類に視線を落とす。


彼女が僕の護衛になってからというもの、ボレアスやセレナと違い会話の機会がほとんどなかったことから追放の件もありギクシャクをしていたが……。


今の会話で、少しは距離が縮まったかな。


そう思いながら僕は、再びキャンバスに筆を落とそうとすると。


「失礼フリーク、ちょいと邪魔しますよ」


不意に部屋にノックが響き、部屋のドアが開かれると、ボレアスが顔を覗かせ、そのとなりからひょっこりと王子様が顔を覗かせた。

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