第21話 全国展開

「おいおい、王都まで話題になってたぜ相棒‼︎? 絵画詐欺の犯人をオークション会場乗り込んでってとっ捕まえたって本当かよ‼︎?」


 数日後、戻ってきたルードは開口一番興奮気味にそんなことを聞いてきた。

 新聞の内容を読んでみると、カースにナイフを突き立てたのが僕だと言うことになっており、この記事に情報を提供した犯人が大体誰なのかは容易に想像がついた。


「……ボレアスめ」


 ついでに彼のことも通報するんだったと心の中で後悔しつつ、ため息を漏らす。


「なぁなぁ‼︎ いつの間にナイフ投げなんて覚えたんだ相棒‼︎」


「誇張が過ぎてるだけだよ。それよりもルード、迷宮画家ってどう言うことさ。僕の書いた迷宮の絵はなんか凄い高額で取引されてるみたいだし?」


「どう言うことって……相棒、俺はちゃんとお前の絵を他人に売るときは逐一許可を取ってから売ってるはずだぜ? まぁ超高額で、王族に売り捌いてたって話まではちゃんとしてなかったけどよ」


「王族に売り捌いてたの‼︎?」


「まぁな、そこそこ地位のある貴族や公爵の家には一枚は飾ってあるはずだぜ?」


「そんなに……?」


 そりゃ有名になるわ……なんだ、すると僕は気がついたら王族御用達の画家になってしまっていたと言うわけか。


 絵を持ち出したらしばらく帰らないなとは思ってたけど……まさか王都にまで出向いてそんなことをしていたとは。


 一般の人には大量生産された迷宮の地図を、王族には迷宮の風景画と原画を。


 あっという間に金庫がパンパンになるわけである。


「はぁ……僕の周りには詐欺師がいっぱいだよ」


「ひ、人聞きわるいこと言うなっての相棒!? 嘘はついてないだろ‼︎?」


 ギャーギャーと騒ぐルードを無視し、僕はやれやれとため息もらすと。


「もし〜?ルードさーん。 そろそろご紹介いただいてもよろしいですか〜? お外寒くて

 〜私、凍えてしまいそうです〜」


 ギルドハウスの入り口付近に、眼鏡をかけた女性が立っていた。


 いろいろなところが大きなお姉さん……と言った印象だ。


「あ、あぁ悪いな。相棒、紹介するぜ。俺の知り合いで商会ギルドのギルドマスターだ」


「ギルドマスター?」


 部屋掃除をしていたダストが慌てて奥の部屋に引っ込んだところを見ると、本当にギルドマスターのようだ。


「どうもー、商会ギルドのギルドマスターをしておりますぅー。アキナと申しますー。フリークさんお噂はかねがね〜」


 ギルドハウスに入ると、おっとりと握手を求めてくるアキナさん。

 何だか不思議な印象の人だ。


「ど、どうも。ちなみに商会ギルドって、どんなことをするところなの?」


「そうですねぇ〜、商会ギルドは基本的に商人さんや鑑定士さんのサポートをするギルドでして〜。私は特に大きな商談の仲介やー、オークション会場のセッティングとかをしたりーしますねー。一応ギルドを束ねる冒険者ギルドの傘下に入っている組織なのでぇ、フリークさんは私の上司ってことになります〜」


 そう言えば、最近は受付の仕事ばっかりで運営はルードに任せきりだったけれど、ギルドの経営権は僕名義で登録されているんだっけ……。


「へぇ〜、そうなんだ。あれ? でもこの辺りで商会ギルドって見たことないけれど」


「はい〜。昔はここの街にも商会ギルドはあったんですけれどね〜。前のギルドマスターだったダストさんに潰されてしまいまして〜。私なんかも〜それはそれは酷い目に〜。街から追い出されたくなかったら俺の女になれとか〜服を脱げとか脅されることも何度も〜」


 ガタンと二階の部屋で何かが倒れるような音が響いた。


 ダストのやつそんなことまでしてたのか。

 まぁ、そのことについては後々問い詰めるとして。


「それで……どうして商会ギルドのギルドマスターさんなんて連れてきたの?」


「そりゃ当然商売のためさ。頼んでた絵はできてるか相棒?」


「そりゃ、出来てるけど」


 ソワソワとするように急かすルードに首を傾げながら、完成したガルガンチュアの迷宮の絵をイーゼルに立てかけて披露する。



「これは……」


「す、すげぇ」


 目を見開いて息を呑むアキナさんに、見慣れているはずのルードでさえもその出来栄えに感心するように声を漏らした。


「ルードが言ったように、全十階層分の俯瞰図に……最奥、魔王の魂が保管されている祭壇の風景画全部で11枚。それとこっちが、難易度が低い迷宮の地図だよ」


 今までは版画一つに三日、絵を描くのだって最初は三日に一枚程度のスピードだったと言うのに。


 最近ではすっかり慣れたものだ。


「凄いですね……特に迷宮の絵は、今までの中で一番神々しいです」


「ガルガンチュアの迷宮は本当に他の迷宮と比べても異質だったからね。あのセレナが最初、怖くて泣いちゃったぐらいだから」


「え、あの鋼鉄女が?」


「あのって? ルード、どこかでセレナにあったの?」


「あ、しまっ……」


 ルードはしまったと言うような表情で口を抑えるが、もう遅い。


「あったんだ? どこで?」


「え、えーと、その……だな」


「今セレナさんはぁ、王国の騎士団で王様直々の護衛としてぇ、働いてますぅ。迷宮の絵を王族の方に売りに行く時にはぁ、必ずいらっしゃるのでぇすっかり顔馴染みなんですよぉ」


 言いづらそうに口籠るルードを見かねてか、ことのあらましをアキナさんは手短に教えてくれた。


「そうなんだ」


「わ、悪い相棒。その、隠してたわけじゃなかったんだが」


 罰が悪そうにそういうルード。

 きっと銀の風を追放されたって話を聞いてたから、僕に気を使ったんだろう。


「気にしないでルード。もう前のことだから変に気を遣わないで大丈夫だよ」


「そうなのか? だけどよ……」


「それよりも、彼女元気そうだった?」


「え、あ、あぁ。元気、というか圧がすごいというか。最初会った時なんてぶった斬られるかって思うほど怖かったぜ」


「ははは、セレナは人見知りが激しいからね。でも案外話してみると普通の子だよ?」


「それは、相棒が優しすぎるからなんじゃねえかなぁ」


 訝しげな表情でそう言うルード。

 どうやら初対面の相手を必要以上に睨みつけてしまう癖は直っていないようで、その場面が想像できて僕は思わず笑ってしまう。


 思い出すだけでつらかったセレナとの思い出だが、今では笑いながら話せてしまう。

 きっとルードがいてくれたからだ、なんて心の中で感謝をしつつも、僕は本題にもどることにした。


「それで、これを作ったはいいけれどもどうするのこんなに大量の版画。ここ周辺の地図もあっちこっちで売り切れが出て人手が足りないのに……ダストの睡眠時間削る?」


「ご、ご勘弁をぉ‼︎」


 二階からダストの悲痛な叫びが響いた。


「死ぬまでぇ、働かせてもいいと思いますよぉ? 服も剥いでぇ」


 そして恨みがこもった一言がアキナさんから漏れ出した。


「おいおいアキナ、気持ちはわかるがお前まで乗っかってどうするんだよ」


「あはは、失礼しましたぁ。こほん。えぇとフリークさん。これは相談なのですがぁ、本日私がここに伺ったのは、あなたの知りうるすべての迷宮の地図を、今後は我ら中央商会ギルドに販売を委託させていただけないでしょうかとお願いをしたくてですねぇ〜。ルードさんに無理を言って連れてきてもらったのですよぉー」


「え? え?」


「おっと、あんまり難しい言葉を並べるなよアキナ。相棒はややこしい話は嫌いなんだ」


「あぁ、そうなんですね。すみませんフリークさん」


「つ、つまりはどういうことなの?」


「まぁようするにだ、こいつは今この街、中央商会ギルドの責任者を任されているギルドマスターなんだが、こいつ自身もこの国や他の国にも世界中に自分の店を持つオーナーでもあってな」


「すごい人なんだね」


「いえいえ、それほどでもぉ」


「それで、こいつが迷宮の地図を気に入ったから、こいつの持ってるお店を通じて全国で売りたいって話なんだよ」


「‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」


 全国……という単語に僕の頭は一瞬フリーズする。


 あまりにもスケールが急激に増えたため、ついていけなくなったのだ。


「相棒? おーい相棒。大丈夫か?」


「え、あぁ……うん。 少しびっくりしたけれども。その、全国でなんて思っても見なかったから」


「よっし、理解できたみたいだな。えらいぞ相棒。じゃあここからが本題だ……アキナ」


「はぁい♪ つきましてはぁ、ルードさんには我々中央商会と〜、専属契約を結んでいただきたいと思いまして〜………───────」


 その後は難しい話が続いたのでよく覚えていない。


 とりあえず、僕の絵はアキナさんの経営するお店でしか売らないということになったところまでは理解ができたが、その後の細かい契約や条件、交渉についてはほとんどがルードがやってくれた。


 ルードとアキナさんは楽しそうに言い争った。

 お互い苦い顔をしたり悪い顔をしたり、側から見れば喧嘩をしているような言い争いだったけれども、お互いとても楽しそうで。


 最後には握手を交わして……ついでに僕もアキナさんと握手をして。


 こうして僕の迷宮の地図は、全国の商店で販売されることになったのだ。


 ◇

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