第19話 大捕物
「……あ、あのお客様、私の聞き間違いだったでしょうか。えと、その?」
「だから、それはラプラスの迷宮じゃないよ。というか僕の知る限り、迷宮にそんな場所はどこにもないんだけど……だからその絵は他の人が想像で描いたんじゃないかな?」
僕の言葉に会場がざわつき、おじさんは冬だと言うのに大粒の汗が首筋をつたっている。
「ななっ、何を言い出すかと思えば……お客人、冗談がすぎますよ? こ、これはちゃんとした筋から手に入れた絵でして……」
「そう、だったら画家の名前を間違えたんじゃないかな? 僕は迷宮の絵を間違えないし。ラプラスの迷宮にこんな場所はないよ? 床の石畳も、こんなにきれいに整ってなくてバラバラな大きさだし……何より、ここに妖精が描かれてるけど、迷宮に妖精が住み着くなんて話聞いたことがないしね」
小太りの男は初めニコニコとしていたが、僕の話を聞くにつれてだんだんと表情が険しくなり……やがて。
「てめぇ……さっきから下手に出てりゃ偉そうに、なんでてめえみてえなガキにこの絵が本物か偽物かわかるってんだよ‼︎ 適当言ってるとぶっ殺すぞコラァ‼︎ これはな、フリークさんに俺が直々に譲ってもらった絵なんだよ‼︎」
怖い顔で怒鳴ってきた。
「いや君のことなんて知らないしルード以外に譲ったこともないよ‼︎ 僕はそんな間違った迷宮の絵描かないから‼︎」
「こんのガキなにふざけたこと……って、え? 僕は描かない?」
その言葉に、小太りの男も会場の人達も誰もがポカンと口を開けて固まり。
「……あ、えと……え? あの、お客人もしかして、失礼ですがお名前は」
恐る恐るという表情で僕の名前を聞いてくる。
「フリークだよ、迷宮画家のフリークは僕のことだ。おじさん、誰と間違えてるんだよ?」
「………………うそん」
ぽっかりと大口を開けて先ほどまで怒鳴っていた男は僕と観客を見比べる。
どうやらようやく僕が本物のフリークだということを理解してもらえたのだろう。
「だから嘘じゃないってば」
「あうぅ、う、うそだ、う、嘘つけ、ふふ、フリークは大の人間嫌いで滅多に面になんざ出てこないはずだぞ⁉︎」
「滅多に外に出てなかったのは本当だけど……それはただ絵と版画に集中してたからってだけで……」
「て、適当抜かしてんじゃねえぞ‼︎ これ以上俺の邪魔するってんなら、この場でぶっ殺してやる‼︎」
手に持った杖を捨て、腰に刺した剣にカースは手をかけて引き抜く。
「あ、うそ……」
すらりと伸びた銀色の剣……本気で僕を殺すつもりのようで……当然戦う技術がない僕はぼうっと振り下ろされる剣をぼーっと眺めているしかない。
と。
「小物って奴ほど往生際が悪いってのはよくある話ですがねぇ……そいつを抜くってんならこっちも黙ってるわけには行きませんぞっと」
瞬間、剣が僕に届くよりも早くカースの手の甲にナイフが突き刺さった。
「うぎゃあぁ」
カラカラと音をたてて取り落とされた剣が舞台に落ちる。
人の腕に刃物が突き刺さるという、本来ならば観客席から悲鳴の一つでも上がりそうな光景だったが。
あまりの早さに誰もが呆気に取られてしまったのだろう、僕も含めてしんと鎮まり帰った空気の中、手にナイフが刺さったカースだけがうめきながら舞台の上でうずくまっている。
独特な口調に、気怠げな懐かしい声。
僕は聞き覚えのあるその声の方へと視線を向けると、そこには銀の風のメンバー、
弓兵のボレアスが人だかりの中からゆっくりと現れた。
あの人混みの間……針に糸を通すような僅かな隙間を縫ってナイフをカースの腕に突き刺したのだろう。
相変わらず凄い腕である。
「ぎ、銀の風……鷹の眼のボレアス。成り上がりの王国騎士団長様がなんでこんなところに‼︎?」
うめきながらカースは近づくボレアスにそう問いかけると、ボレアスはニヤリと笑ってナイフを引き抜くと。
「別に、あんたが下級貴族を相手に贋作売ろうが俺にゃ興味はねーんですけどねぇ。ま、王族に偽物売りつけるってのはやりすぎって話ですね。うちのリーダーとご主人様がたいそうお怒りで、わざわざここまで成敗しに来たってわけですよ」
「ご、ご主人様だと? まさか……」
「そ、この国の王様♪」
息を呑むように目を見開くカース。
それと同時に画商店の入り口から警笛のような音が響き、同時に鎧姿の兵士たちがなだれ込むように入ってくる。
「お、王国騎士団……」
「画商カース。迷宮画家フリークの証言と通報により、絵画詐欺及び殺人未遂の現行犯で連行する」
不適な笑みをこぼしてボレアスはそういうと、カースの身柄をそのまま騎士団の兵士に引き渡す。
騎士団は慣れた様子で男を店の外まで連行すると、あっという間にその場からきえてしまった。
「……えと」
ボレアスの登場から、騎士団がいなくなるまでおよそ五分。
会場にいた人々は呆気に取られるようにそんな捕物をながめており、僕も久しぶりの再会となったボレアスにどうすれば良いのかと一人困り果てていると。
「さて皆々様いかがでしたでしょうか、悪名だかき詐欺師の悪事を迷宮画家自らが糾弾する捕物劇……チンケな偽物の絵を見るよりもよほど価値ある時間を過ごせたかと存じます。此度、迷宮の絵は偽物でこいつの真贋すら疑う方もいらっしゃるかと思いますがご安心を。この王国騎士団長にしてかつての盟友、鷹の眼のボレアスがこいつが本物のフリークであることを保証いたします。みなさま今回の英雄に、盛大な拍手による盛大なる賞賛を‼︎」
ボレアスの言葉に、呆気に取られていた人々はようやくことの顛末を理解したと言ったように大きな拍手を僕に投げかけてくれる。
別に偽物をやっつけたわけではないのだが……人々から向けられる称賛の声と言うのは初めての経験で心地よく。
僕はしばらくみんなに手を振りながら、拍手と歓声を浴び続けたのであった。
◇
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