君の待つ月

鍛冶屋 優雨

第1話


私の夫は、人に話したら、あぁ、なんて頷いてくれて、職業の説明なんかは特に求められない職業ではなくて、聞いたら、へーっなんかすごそうだね。どんな事をしてんの?教えてよ。

なんて言われるような職業に就いている。


別に隠すことでもないから、言うけど、夫は宇宙開発事業に携わる会社に勤めていて、今は月面着陸を目指す部門の責任者の一人なんだ。


夫とは大学時代に共通の友人からの紹介で知り合ったのだけど、最初の彼は自分の外見には拘らず、自分の好きな研究だけをしているイメージだった。


多分、頭は良いのだろうと会話をしていて思うのだが、他人にはあまり気を使わない感じ。

だけど、年頃の男性として女性には興味があるから、話しはするけど恥ずかしいから、ちょっとぶっきらぼうになっているみたいだから、異性には関しては小学生から成長していないかな。って感じだった。


でも、彼は私と少しでも仲良くなるため、努力をしてくれていた。

私もあまり積極的には話をするタイプではないから、彼は積極的に話題を振ってくれているのが分かった。だから私もできるだけ会話を続けられるようにしていた。


ある時、彼が話題が無くなったのか、少し黙りこんでしまった。


私は、無理して話題を振ってくれなくても良い。私は積極的におしゃべりをする性格ではないし、短い会話でも、私の話を聴いて、共感をしてくれるだけでも嬉しい。と伝えると、私の話を良く聴いてくれるし、会話が途切れたときでも無理に会話をつなげようとしなくなったし、無言の時間でも居心地は悪くならなくなった。


普段の彼は研究成果を出すけど、生活面ではのんびりしていて、頼りなくて、一人で生活できているのだろうかと思わせる性格だ。


私の友人からは見た目にこだわらない彼の評価は低く。

付き合うのを考えているなら止めておいた方がいい。

なんてことを忠告されていたけど、私は気にしなかった。

彼は私の話を良く聴いてくれて、適切な回答やその時に思ったことをちゃんと伝えてくれている。

私自身は、相手に服装や見た目に気を使えればいいのであって、特に他人にからおしゃれだと評価されていなくても良い。

でも、これから就職活動で面接も受けると思うから、他人に文句を言われない程度には身なりを整えるように彼に忠告して、ファストファッションでも、それなりな評価を受けるコーディネートをできるように休日には彼と一緒に買い物をしていた。


そんな私を見て、またも友人が「何でそんなに、彼に尽くすの?」なんて言ってきた。

私としては尽くしているのではなくて、一緒にいて話をしているだけでも、幸せだけれど、不器用な彼を、友人からの評価を上げていくっていうのが、ちょっと難しい試験問題を解答していくとか、難しいパズルを解くみたいな感じで問題解決に快感を感じられるために一緒にいるといえば良いのだろうか?


まぁ、友人も、人の愛の形は人それぞれなんだから、いちいち、彼を評価して文句を言わないでほしい。

私は彼を好きだし、彼は直してほしい所があるなら、ちゃんと言ってくれて、納得したら直してくれるし、私も彼にとって嫌な所があれば直していくから、お互いちゃんと会話をして直していけたらいいなと思っている。


ここまで言ったら判ると思うけど、私は不器用だけど、ちゃんと私に向き合ってくれる彼に惹かれていって、恋愛に奥手な彼を私がリードする形で徐々に仲を深めていった。


彼と付き合うまでは、宇宙なんて興味はなく、学校の授業やニュースなどで得た知識しかなかった。


最初は、私は彼が宇宙飛行士を目指していると思って、その見た目からは鍛えている印象を得られなかったから、真剣に宇宙飛行士を目指すならもう少し鍛えるといいと思うなんて的外れなアドバイスをしてしまっていた。


彼はそんな私の勘違いを笑ったり、怒ったりせずに、僕は宇宙飛行士ではなくてロケット開発に携わりたいんだよ。

なんて穏やかに訂正してくれた。

そして、普段はにこにこ笑って私の話を聞く側に回るのにロケット開発に関しては雄弁に語り始めるのだ。


在学中から付き合い初めて、無事に大学を卒業後、私が一般企業、彼が宇宙開発事業の会社に就職、お互いに忙しい毎日を送っていて会えない時期もあったし、お互いに年齢も上がっていくにしたがって結婚も意識するようになった。お互いの両親は私達のことは知っているし、家族での顔合わせもしていたが、なかなか結婚をしない私達に両親たちが心配をし始めた。

彼は仕事でのストレスもあり、会えないこともあって小さなことで喧嘩をしたら、「ごめん」と謝りのメールをいれて離れた距離を縮めようとする。でも、大丈夫。

彼は不器用なだけで、ちゃんと話をすれば、わかってくれるし、私も自分が悪いときは、ちゃんと謝って直しているから、お互いが思っているより距離は離れていないからね。


喧嘩、言い合いもあったけど仲を深めていって、二十代終わりで結婚、その時に、宇宙開発を志した理由について聞いてみたら、彼は恥ずかしそうに、

子供の頃にテレビでみたヒーローが今でも大好きで、そのヒーローが宇宙開発事業に関わるヒーローだった。

その番組の最終回で、ヒーローが地球をバックにして月面に立っているシーンを見て、僕も月面から地球を見てみたかったから宇宙開発を志したんだよ。と言って、壁に貼られているそのシーンが描かれているポスターを指差しながら、笑っていた。


私は彼のその言葉を笑うことなく聞いた。

確かに、志した理由としては、幼稚だと思われるかもしれない。でも、彼の歩んできた過去や経歴、果たしてきた成果は素晴らしいものにだと思う。

だから私は夢を追い続ける彼を誇らしく思う。


あれから十数年が経ち、私は幼い娘を抱いて、妻として会社の別室でスクリーンから見える宇宙の画像を緊張しながら見ている。


夫はコントロールセンターから責任者の1人として、指示を出し宇宙船を月面に着陸させようとしていた。


もう少しで着陸といったところで、宇宙船がコントロール不能となり画像も途切れたことから、月面着陸は失敗と判断され、今回のミッションは成功できなかった。


夫は会社の取締役とともに責任者として記者会見に臨み、今回の失敗の理由をマスコミや関係者に向け説明をしていた。


私は夫から会見でかなり遅くなるし、幼い娘や私が夜遅くまでいると心配だからと言われたので、先に家に帰っていて、夫の帰りを待っていた。

娘を寝かしつけ、一人で待っていたら深夜になって夫が帰ってきた。


夫はどこか辛そうだけど、泣かずに笑顔で失敗しちゃったよ。なんて私に言っていた。

だけど、布団に入った時、悔しかったのだろう。私に聞こえないように声を押し殺して泣いていた。


私は彼を後ろから抱きしめて、

見たこともないけど夫の憧れるヒーローを意識して、

どうした少年!

たった一回の失敗で諦めるのかい?

その苦しさ、悔しさはロケットと一緒に宇宙に置いてきたのだろう。失敗を恐れずに一歩踏み出しなよ。

そうしたら僕も今いる月から一歩踏み出して近づいて行くよ。


私は彼が語るヒーローしか知らない。

こんなことを言うかどうかも知らない。だけど精一杯ヒーローになりきって彼を励ます。


泣くことは格好悪くないからね。

貴方は月から見た地球が見たくて頑張っているけど、私は貴方の誇らしげな笑顔が見たいんだからね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る