6)猫屋敷の花壇
「あはははは」
「うふふ」
「ひっひひひ」
「あーははははは、あっはは、はは」
「うひょひょひょひょ、おひょ、おひょ、おひょひょひょ」
「おほほほほ」
「ははは、きゃはははは」
庭の花々が、風にあわせて笑い出す。眼の前の信じられない光景に、俺たち庭師は呆然としていた。
何がおこったかはわからない。だが、誰が犯人かはわかる。犯人たちは花壇の前で二人並んで腕組みをしていた。
「可愛いと思ったのにな」
「ここまで騒がしいとは、予想外だな」
魔法使いのフェルナン様と若様だ。
「あなたたち、今度はまた何をしたのかしら」
若奥様も大変だ。妙な魔法をぶっ放す若様を叱るだけでも大変なのに。魔法使いのフェルナン様がお屋敷に戻っていらっしゃったとたんに、この花壇の大笑いだ。
「風にそよいで花が笑ったら、可愛いかなって思っただけなんだ」
魔法使いフェルナン様の想像は可愛らしいが、現実はなかなか不気味な光景だ。花壇には誰も居ないのに、笑い声だけ響いてくる。
「フェルナン。リシャールも、あなた方、少し考えたらわかるでしょうに」
若奥様の溜息は深い。
「すまない」
「失敗したなと思ってる。ごめんなさい」
若様は反省なさっても、もうしませんとは決しておっしゃらない。ご自身をよく理解して居られると思う。魔法使いのフェルナン様は神妙な顔で反省しておられるが、旅から戻られてそうそうにこれだ。若様とも仲良さそうだ。もうしませんと口にしないところまでそっくりだ。
「あなたたち、これをどうするつもりなのですか」
若奥様もそれを指摘なさらない。二人をよく理解しておられるのだろう。
フェルナン様が、花を一輪切り取った。切り取られたにも関わらず、花は朗らかに笑っている。逆に不気味だ。切り取られた瞬間に叫んでも怖いが、関係なく笑いっぱなしというのも気味が悪い。
「一輪だけなら、そんなにうるさくないかな」
予想が外れてがっかりしているフェルナン様が可哀想になってしまった。
「飾る場所を考えれば、いいかもしれないわね」
切り取られた花以上にしおれているフェルナン様に、若奥様が優しく微笑まれた。
「そうかな」
とたんにフェルナン様が元気になる。
「ただ、新しい魔法を試す時は、私に一度相談して下さいって言ったはずですよ」
「はい」
フェルナン様がまたしおれた。
結局は、風がそよぐたびに、昼も夜も笑い続ける花たちは、そうそうに刈り取られることになった。日中はともかく、夜に庭から笑い声が響くのは不気味だし、騒がしくて眠れない。
フェルナン様は、思いつきが不評だったことが、相当に悔しかったらしい。昼夜を問わず花を笑わせる魔法は、改良を重ねられ、新たな活用方法も見つかった。防犯だ。
公爵様のお屋敷は広い。若様と若奥様とフェルナン様の結界に包まれているそうだけれど、用心するに越したことはない。敷地の片隅、ひと目につきにくいところにも、俺たち庭師は花を育てるようになった。事情を知らない人が聞いたら、敷地の隅々まで手入れが行き届いて、素晴らしいお屋敷だってことになるんだろうけど。
近くに寄るとそんな可愛らしいものではないことがわかる。
「だれだ、だれだ、だれだ、だれだだれだだれだれだ」
「おまえなんだ、なんだ、おまえなんだ、なんだなんだなんだなん」
「なにしにきた、なにしにきた」
まるで尋問をしているかのような、野太い声が風にそよぐ花から聞こえてくる。
「夜、忍び込んだ先で、こんな声な野太い声で、誰だなんて言われたら、盗みに入ってる場合じゃないですね」
手入れしている俺にまで、あれこれ騒がしいから、耳栓必須だ。まぁ、この鬱陶しさはそれが必要だから仕方ないし、花は花だ。見た目が可愛いから俺は嫌いじゃない。
「だろ」
フェルナン様は嬉しそうだ。
「これ、凄い魔法だと思います。俺、前の笑い声も、楽しい魔法だなって思ってました」
もうちょっと、優しく可愛く上品に笑ったらいいと思う。一輪二輪なら、可愛らしい。
「本当? ありがとう。うれしいな。あれもちょっと、可愛く飾ってもらえるように頑張ってるんだ」
俺は何かを焚き付けてしまったのかも知れない。嬉しげなフェルナン様に、俺は心配になった。
そしてまた、若様と魔法使いのフェルナン様は、二人でへんてこな魔法を編み出して若奥様に叱られている。お二人のへんてこ魔法への燃え盛る情熱は、俺が少々焚きつけようが焚き付けまいが、今日も燃え盛り、留まるところを知らない。
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