第10話 対魔人戦


「ま、魔人?」


 なんだかすごくヤバそうな気がする。


 対峙するだけで、コイツが人間の味方でないことは分かった。



「これをやったのは、貴様か?」


 魔人が俺の魔法の破壊後を見て尋ねてきた。


「えっと……」


 回答に悩む。


 イエスと答えれば、ビビって逃げてくれるか?


 いや、そんな風には見えない。


 ノーと答えれば、なんでここにいるか問われるだろう。


 その後はどうなる?


「おい、答えろ!」

「はい! 俺がやりました!!」


 怖くて正直に答えてしまった。


「そうか。この威力、勇者だな? ではここで──」


 目の前から魔人の姿が消える。


「処理させてもらおう」


『祐真様! 右に飛んで!!』

「くっ!」


 アイリスの指示に従い、魔人の手刀をギリギリ躱す。


 その手刀から斬撃が飛び、俺が直前までいた先の地面を深く切り裂いた。


 あっぶねぇええ!


 特許化特典で精霊魔装を発動させて身体能力を向上させていなかったら、アイリスの指示があっても避けられなかった。


「ほう、これを避けるか……。女神に連れて来られたばかりの、成長前勇者ではないのか? では、もう少し力を出そう」


『祐真様、“真空裂波” を使いましょう!』


「りょ、了解!」


 攻撃系魔法は14個特許登録している。

 

 これらのうちほとんどは今の俺のステータスで使用できないが、特許登録特典でそれぞれ1回だけ使用することができる。


 運が良いことに、先ほど俺は詠唱破棄の魔法を発動させていた。


 その効果はまだ生きている。

 だから──



「真空裂波!!」


 詠唱せず、魔法名だけで魔法を発動させた。

 右薙ぎした俺の手刀から真空の斬撃が飛ぶ。


「なにっ!? ぐはっ!!」


 魔人は両腕を身体の前で交差させ、斬撃をガードした。


 しかしダメージは与えられたようだ。

 魔人の両腕から黒い血が流れ落ちた。


 

 アドレナリンが出ているのが分かる。

 心臓の鼓動が早い。


 当然ながら人の形をした生き物を殺した経験なんてない。それでも魔法の使用を躊躇うことはなかった。

 

 俺が殺らなきゃ殺される。


 魔人を前にしたら、自然とそう思えた。



「き、貴様ぁ。詠唱破棄の魔法で、この俺に傷を」


 魔人から発せられるプレッシャーが増した。


 なんだかヤバい気がする。

 

 でも喧嘩なんてしたことない俺は、この後どうすれば良いかわからない。


 困った時は……。

 彼女に頼ろう!

 

 アイリス、どうしよう!?

 どうすればいい?


『魔人の魔力が膨れ上がっています。恐らく魔法を使ってくるでしょう。しかし祐真様は詠唱破棄で上級魔法の行使が可能です。敵が発動する魔法を見て、それに勝てる魔法を使います。私の指示に従ってください』


 わ、分かった!



「人族相手に、魔法の詠唱をするなんて初めてだ。誇るが良い。そして、死ね!」


 魔人が空に手を掲げた。


「火炎渦巻く暴風にて、我が敵を──」


『水龍弾です!』

「水龍弾!!」


 魔人の詠唱が終わるより先に、アイリスの指示に従い魔法を発動させる。


 使うのは初級水魔法 “水流弾” を強化した魔法 “水龍弾”。


 水が龍の形になって魔人に向かって高速で飛んでいく。


「蹂躙せよ、火炎裂ぷうぎゃぁぁあああ!」


 詠唱途中だった魔人の腹部に水の龍が喰らい付いた。


「す、すごい。初級魔法が効いてる」


『魔人が使おうとしていたのは中級火炎魔法。魔力放出から発動までの時間が短くて済むため、中級にしたのでしょう。祐真様より早く魔法を発動させる自信があったのです。そして、中級魔法より速く発動できる初級魔法ではダメージを負うことはないと高を括っていた。だからこそ水龍弾が有効なのです』


 それだけのことを一瞬で判断して指示を出してくれたアイリスが有能すぎる。


「ぎ、ぎさま、ゆ゛るざん!」


 血を吐きながら魔人が起き上がった。

 目が充血し、完全にキレている。


『祐真様、火炎牢獄を!』

「か、火炎牢獄!」


 炎が渦巻き、魔人をその中心に封じ込めた。


 これは中級防御系火魔法の“火炎壁”を改良したモノ。元は自分の前に炎の壁を出現させる魔法だったけど、火が上昇気流を発生させながら渦巻き状に上っていく“火災旋風”という現象を応用し、敵を囲うように効果を改変した。


 防御と攻撃が同時にできる魔法だ。

 


『魔人は人々の敵です。多くの魔物を使役し、その力は国を容易く滅ぼしてしまう。絶対に今、ここで倒すべきです』


 アイリスは俺が魔人を殺すのを躊躇うって思ってるみたい。それで俺を説得しようとしてくれている。


 確かに生き物を殺すのは怖い。


 深く考えれば恐怖や不安で押しつぶされそうになる。


 だから、君を頼らせて。


「アイリス、俺に指示を出して。そうすれば俺は、その通りに動くから」


 こんな役割を押しつけてごめん。


 生き物を殺す責任を擦り付けて、ごめんなさい。


 でも俺のスキルなんでしょ?

 だったら、俺の心を守ってよ。


『承知致しました、祐真様。私が指示を出させていただきます。フル詠唱の最上級魔法 “炎竜之咆哮” にて、魔人を消滅させてください!』


「わかった」


 ありがとう、アイリス。


 天に右手を掲げる。



煉獄れんごくの炎、不滅のほむら、紅蓮なる火炎を司りし、巍然ぎぜんたる大精霊よ。竜の如き猛焔もうえんとなりて、我の敵を灰燼かいじんせ」


 空間を引き裂き、巨大な竜が出現した。

 全身を炎に包まれた竜が口に火を溜める。


炎竜之咆哮えんりゅうのほうこう!!」


 火炎牢獄に封じられている魔人目掛けて、竜が炎のブレスを放つ。


 この世の全てを焼き尽くす強烈な炎。

 周囲が一瞬で灼熱地獄に変わる。


 その中心にいた魔人は、彼を捕らえていた火炎牢獄ごと灰すら残さず消滅した。

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