第2話 ゴブリン


 西暦2014年、春。


 四之宮しのみや影治えいじは全ての準備を整え、無人島へと降り立った。

 いや、影治がこの島を訪れた時点で既にここは無人島ではなくなる。

 何故なら、日本海側に浮かぶこの無人島は既に影治が購入済であり、登記手続きもすでに終わらせていたからだ。


「ここから新たな俺の生活が始まる。まずは冬までに基盤を整えないとな」


 近頃は無人島から脱出するバラエティー番組が流行ったりしていたが、何も影治はそうした番組に影響を受けてこの島を買ったのではない。

 影治が無人島を購入する決断をしたのは、宝くじで三億円もの大金を当てたことと、有名な動画投稿サイトに投稿されていた動画を見たのがきっかけだった。


「あの動画に比べたら十分恵まれた状態からのスタートだ。決して音を上げたりはしねえ!」


 決意に息巻く影治。

 影治の言う動画とは、恐らくは赤道近くであろうジャングルのような場所で、何もない状態からほぼ裸一貫でサバイバル生活を送った男のドキュメンタリー動画だった。


 その動画に出ていた男は、水辺で見つけた石を三時間近くも硬い石と合わせて研磨し、先の鋭くなったその石で15分もかけて小さな木を伐っていた。

 そしてその木と石とで簡素な石斧を作り、更に木を伐り出していく。

 無論、撮影用の機材という人工物はあるのだが、それ以外は完全に現地のものを利用し、動画の中の男は一から文明を築いていた。


 とはいえ、植生や緯度などの問題で同じようなことが行える場所は限られてしまう。

 それに予め知識を詰め込んできたとはいえ、影治も本格的なサバイバルは初めてだった。


「北海道の原生林のような場所で二週間程過ごしたことはあったが、今回のはもっと長期の予定だ。あの糞ジジイに啖呵切って出て来たんだから、少なくとも一年は本土に戻らない覚悟で挑もう!」


 その為の下準備はすでに整えてある。

 まずこの無人島は一億五千万円ほどで購入したものだが、それなりの広さがあり、かつては人が暮らしていた島だ。

 島の中にはかつての集落跡や当時使用されていた井戸が存在し、下見に行った段階でまだ使用出来そうなことを確認している。


 次に地元の漁業組合とも話がついており、この島の沿岸での釣りや素潜り漁の許可を得ていた。

 組合には既に金を支払っており、とりあえず三年の間は自由に魚などが獲れる。


「さて、まずはテントを張るか」


 そして影治はしっかりテント用具など一式を島に持ち込んでいた。

 初めに見た動画とは既に雲泥の差が生じてしまっているが、流石にいきなりあの原始人のようなバイタリティーを発揮するのは厳しい。


 他にも植物図鑑やサバイバル生活に役立つ知識の書かれた本や、固定種の作物の種なども持ち込んできている。

 それに通販で購入したスペツナズシャベルに短剣。


 その手の人から見れば大分温いサバイバル生活だろうが、食料に関してはこの日一日分の食料しか用意していない。

 今日中にテントなどの最低限の住環境を整え、すぐにでも食料調達に励まないといけない訳だ。

 なおキャンプ地は予め発見してあった古井戸の近くに取ってある。


「よし……、こんなものか」


 それなりにソロキャンなどの経験のある影治は、慣れた手つきで素早くテントを組み上げる。

 こうして四之宮影治のサバイバル生活は幕を開けた。









 それから季節が過ぎ、夏が訪れた。

 思いもしないアクシデントを幾度も乗り越え、影治は完全自給生活を送っている。

 イノシシに襲われたこともあったが、影治は四宮家に代々伝わる古武術をマスターしており、それによって事なきを得た。


「む、あれは?」


 そんなある日のこと。

 影治が島内を移動していると、人影を発見する。

 本島からはそれほど離れていない場所にある島なので、これまでも釣り船に乗った客が島に上陸してきたことはあった。

 特に船が故障しただとかいった訳でもなく、なんとなく立ち寄ってみたそうだ。


「なあ、あんた。ここは俺が所有している島だ。用がないならとっとと……」


 今回もまたふらりと誰かが迷い込んできた奴かと思い、声を掛ける影治。

 しかし返って来た言葉は日本語ではなかった。


「J(HS#DJKA!」


 そしてその言葉を発した人影は人間ですらなかった。

 粗末な衣服に緑色をした肌。

 身長は120センチどで、子供のような体格。

 だがその顔は可愛らしい子供のものではなく、醜悪そのものだった。


「……なんだ、お前は」


 その問いへの返答は、尖った爪によるひっかき攻撃だった。


「ちっ、こういうのなんかどっかで見たことあるぜ」


 影治はコンピューターゲームには殆ど触れてこなかったが、漫画や小説などはそれなりに読んでいる。

 特に一時期はサバイバル系のラノベから、王道的なラノベまで読み漁っていた時期があった。

 それらの知識から、影治はこの緑肌の人外生物をゴブリンと推定する。


「おらよ!」


 体格は小さいものの、見る者によっては恐怖心を抱くであろうゴブリンだったが、影治はあっさりと返り討ちにする。

 小柄な割に力は成人男性位はありそうだったが、成人男性相手如きでは影治には遠く及ばない。


「さて、どうしたもんか」


 とりあえず合気道の要領でゴブリンの片腕を持ち、地に押さえつけた影治。

 本来であれば、しっかりとキメられた状態で動き回ると激痛が走るため、そこで相手は大人しくなるものだ。

 しかしこのゴブリンは明らかに痛みを感じているにも関わらず、おかまいなく暴れ回っていた。


「こうも暴れるなら両足の骨でも折って……げ、マジか」


 ふと気配を感じて視線を少し離れた場所の木陰へと向けると、そこには同じようなゴブリンが三体、姿を現していた。


「ここは俺の島だ。人外相手ならやっちまっても問題はないか」


 そう呟くなり、影治は抑えていたゴブリンの頸椎をあっさりとへし折る。

 断末魔の声を上げる間もなく息絶えるゴブリン。

 その次の瞬間には、ゴブリンの体が塵となって消える。

 残されたのは紫色をした小石だけだ。

 大きさは小さめのビー玉くらい。


「……こいつは本格的にただの生物じゃあなさそうだ」


 変に流血しまくったり内臓が飛び散ったりするよりは、殺った後の衝撃は少ない。

 これならば! と、影治は新たに現れたゴブリン三体も同様に瞬殺してのける。

 無論、その三体のゴブリンも息の根が止まると同じように小石だけ残して消えていく。


「とりあえずキャンプに戻ろう」


 影治はゴブリンの残した小石を拾い集めると、小走りでテントを設営しているベースキャンプへと戻る。

 その道中にも更にゴブリンを二体仕留める影治。


 この日、世界は変容してしまった。

 いや。この島へ影響が及んだのが今日だっただけで、もっと前から変化は始まっていたのかもしれない。

 そして影治はこの先、その変化を嫌という程味わうことになる。

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