第45話 世間を巻き込む

 何回玄関チャイムを鳴らしても、コーポ勝田101号室から反応はなかった。


「久保の野郎、家には帰ってないようです! ここは鶯谷駅から徒歩五分程度のアパートです! 誰か、ここで見張っててくれないかな〜」



『思いっ切りアパート名映ってるし!!』

『ほーん。コーポ◯◯ね〜』

『ちょっと鶯谷に散歩に行こうかな〜』

『俺も散歩してくるか〜』

『お前ら、エグいなwww』

『死ぬ死ぬマンチャンネルに喧嘩売ったから、仕方ない』

『グミとマリナの仇は取らないと』

『殴ったの死ぬ死ぬマンだけどな!!』


 

 ボス部屋で事件が起きてからまだ二十四時間経っていないこともあって、視聴者からの注目度は高い。


 チャンネル登録者の数もそれほど減っていない。


 久保のバックにいる奴は、死ぬ死ぬマンのファン層を見誤っていたのだ。


 普通の配信者がパーティーメンバーの女の子を殴って怪我させれば、視聴者から見放されるだろう。


 しかし、ウチは違う。


 勿論、非難はされる。だが、それ以上に期待されるのだ。


 何をやらかすのかと、心を躍らせてチャンネルに張り付きになるのが死ぬ死ぬマンチャンネルの視聴者だ。


「実はですね〜今、ある視聴者から気になる情報がDMで寄せられたんですよね〜。皆さん、死ぬ負けハンターズって覚えてます? あそこのリーダーが配信中にぽろっと言ったそうなんです。"もうすぐ、いい事が起きる"って。ちょうど、俺達がギガースに挑む少し前のタイミングだそうです!」



『えっ、またDライブ?』

『あいつら、まだ根に持ってたの?』

『いや、それだけでは流石に証拠にならないでしょ」

『Dライブのビルって青山だっけ?』

『えっ、殴り込み?』

『よし! 行け! 死ぬ死ぬマン!』



「とりあえず! "お話"をしにDライブさんのところへ行ってきますね!」


 俺はコーポ勝田の前から駆け出した。



#



 青山霊園から少し歩くと、小洒落たビルが見えてきた。


 十階建てぐらいだろうか?


 ガラス張りのそれは如何にも今風で、オープンな雰囲気がある。


 入り口の前まで行くと、二人の警備員が慌てた様子でやって来た。


「こんにちは! 死ぬ死ぬマンです! 中に入ってもいいですか? いいですよね?」


「関係者以外の立ち入りはお断りしています」


 警備員は仁王立ちになって毅然と答える。


「関係者だし!」


「なら、ADカードを見せてください」


 こいつら、真面目だな。


「はい! どうぞ!」


 リュックの中からカードを取り出して見せる。


「……鶯谷ラブホテル組合となってますが……」


「ここ、ラブホテルじゃないんですか!?」


「違います。Dスクエアです」


 格好つけやがって。


「えっ! あのDライブさんのビルですか! ちょうど良かった! Dライブ所属の死ぬ負けハンターズさんに用があるんですけど、ちょっと呼んでくれませんか?」


「アポイントメントがないと無理です」


 はぁ。そろそろ面倒くさくなってきた。警備員から視線を外し、ドローンカメラの方を向く。


「おい! 死ぬ負けハンターズ。見てるんだろ? さっさと出て来た方がいいぞ! 今の死ぬ死ぬマンチャンネルの同時接続数、三十万超えてっから! 攻撃力三十万でビルを殴ったら、どうなるだろうなぁ〜」


 リュックから角野さんとフライパンを取り出し、左右の手で握り締める。


 周囲が俄かに慌ただしくなり、エレベーターホールから人が吐き出され始めた。


 皆、一目散にビルの外へと逃げ出す。


 どうやら、本気だと思われているようだ。


「死ぬ死ぬマン! なんのつもりだ!!」


 見覚えのあるイケメンが三人現れた。怒りと焦りで顔が歪んでいるが、ハンターズで間違いない。


「なぁ、神野。お前、久保になんかした?」


「久保? 知らないな。サッカー選手のことか?」


 神野はシラを切る。


「俺の友達の久保だけど。奴、何故か俺を裏切ったんだよね〜」


「それは貴様の日頃の行いが悪いからだろ!」


「神野。お前、俺のこと舐めてるよな。ダンジョンの外では無茶しないって思ってるだろ?」


「……配信者が好き勝手出来るのはダンジョンの中だけだ。外でやらかせば、刑務所行きだぞ……!?」


「白状するなら今のうちだけど……!?」


「俺達は無関係だ。お前が狂ってパーティーメンバーを殴っただけだろ!!」


 グミとマリナが倒れていた場面がフラッシュバックする。


 俺が悪かったのは間違いない。前回、ハンターズを徹底的に潰していたら、あんなことは起きなかった筈だ。


 俺が甘かった。


「分かったらさっさと帰れ! お前には薄汚れたラブホがお似合いだ!!」


 カチリ。と何かスイッチが入ったような感覚。


 頭の奥が痺れているのが分かる。


 左手に力を込めると、角野さん発光した。


「おい! 何をするつもりだ……! ここはダンジョンじゃないんだぞ……!!」


 俺はビルの柱に近づき、フライパンを構え──。


「ステータス・スワップ!!」


 【 名 前 】 八幡タケシ

 【 年 齢 】 18

 【 レベル 】 12

 【 魔 力 】 34

 【 攻撃力 】 453247

 【 防御力 】 34

 【 俊敏性 】 40

 【 魅 力 】 6

 【 スキル 】 配信命、モフモフ化、女人禁制

※【 H P 】 34


 神野達がパニック状態になり、逃げ出す。


「こーいう小綺麗なビル、嫌い!! なんですよね!!」


 俺は攻撃力四十五万のフライパンでビルの柱を撃ち抜いた。

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