平和か戦争か〈11〉

 アデライザ・グイスガルドは確かに聡明な少女であった。

 敗戦後の講和会議において、カールマンの気性きしょうを見抜き、舌戦ぜつせんに持ち込む事で最大限の譲歩を得る事に成功した。

 実際にカールマンが当初考えていたのは、如何いかに無知な連中から益を搾り取るかであった。

 しかしやり取りを交わしていくうちに予定を変更。

 良き隣人となって如何に益を共に築き上げていくか、といった考えにシフトさせた。



 だが彼女はまだ十一歳・・・である。さとい事には違いないが、それは決して完璧というわけではない。

 ラグナルスがカールマンの陰謀の術中じゅっちゅうに嵌りかけていたように、アデライザも会話の主導権を握るにつれて、周囲の状況把握が疎かになっていたのである。


 ――もし尋常ならば、隣に座る兄の不穏な雰囲気に気付き、限りなく正解に近い考えを察し得たであろうが。

 ――もし「爆弾発言」の直後、冷静になってカールマンやラグナルスと会話を紡いでいれば、他に辿る道もあっただろうが。



※※※※※※


 ラグナルス・アデライザらは三日間の返事の留保をカールマンから得ると、馬車に揺られて帰途に着こうとしていた。


「御二方とも、体調はよろしいですか?」

 エーギルはぐったりとして俯く両侯子の様子をおもんぱかる。

 両者とも無言で、無気力に頷く。


 無理もない。

 ラグナルスはまだ十四。

 見事な受け答えをして見せたアデライザは更に幼いし、病弱の関係で今まで表で活動することはなかった。

 早い話、両者とも経験値が不足していた。


 「しかし想定外、驚きの連続でした。アデライザ様の挑発といい、ラグナルス様の決断といい…」

 反応してアデライザは顔を上げて、目にかかった前髪を鬱陶うっとうしそうに払いのける。

「…私のは八割方成功すると踏んでのことでした。断じて兄様のように打算のないものではありません…そうでしょう?」

 それは苛立ちとかすかな失望を含むものであった。

 少なくともラグナルスにはそう感じられた。

「…そうだな、その通りだ。考え無しに先走りした私のエゴだ」

 下手に反論はせず、ただ同意を示す。

 その時、車輪が何かに乗り上げたようで、車内が少し揺れ動く。

「…アデライザ様もラグナルス様もですが…一度要点を整理し直しては如何いかがでしょうか?私としましては、先の会談における御二方の理想とする到達点が異なるように思われます」

 アデライザは覗き窓から外の様子を垣間見る。

 中央の王侯貴族用馬車は硝子ガラス張りの窓となっているが、今乗っているものはそうでなく、ただ穴として開いているだけのものである。

 「…そうですね。城まで時間はありますし『答え合わせ』でもしましょうか」



 そう言って、彼女は狭い車内空間を取り仕切る。

「先ず伯爵殿が目指していたモノ。それはこれ以上の損失を抑えた上で、我らグイスガルド領内から最大限の利益を得ること。…宜しいですか?」

 此れには見守っていたエーギルも、口車に乗せられかけたラグナルスも、一様に頷く。

「私が舌戦を挑んだのは、交代して状況を好転させるため。そしてそれを選んだのは、彼が気品を極度に気にするさがであると推測したため」

「…私としては何故そのように思われたのかが疑問です。カールマン殿は中央政治にて幅を利かせる存在であるとは聞いていましたが…」

 エーギルの疑問に対して、アデライザは如何いかがわしい目つきを向ける。

 静聴していたラグナルスも、である。

 そのような事は初耳であったからだ。

「…エーギル。何故会議前に言わなかったのですか?」

迂闊うかつに先入観を持たれるのは、物事を端倪たんげいする際に目を曇らせましょう」

「…まぁいいでしょう。私とて話を切り出した時には、六、いえ五割と言ったところでしょうか。何せ情報が不足していましたから」



 コホン、と軽く咳払いをして背筋を正すと、言葉を紡いでゆく。

「一つ。講和会議を提案してきた事です。もしかの御仁ごじんが武を尊ぶ者であったならば、戦争を継続していたでしょう。又、智を尊ぶ者であったならば、平原で会戦に持ち込む事さえしなかったでしょう」

「…例えばお前だったらどうする?」

 率直な疑問をラグナルスは投げかける。

「私ならば…降伏勧告を行って、我が陣へと呼び込み毒殺。各集落に書状をばら撒いて、フラスヴェールの領民を懐柔する。騎兵単独の強行軍を以て平原を通過、グイスガルド城を迂回し、ディメルシー鉱山の占拠を敢行。即興そっきょうであるが故に稚拙ですが、こんな所でしょうか?」


 エーギルとラグナルスの両者は揃って目を見開き、舌を巻いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る