雑誌で幻の妹と言われている不良美少女を助けたら、その正体は真面目な同級生でした。
夕霧蒼
第一章
第1話
五月の大型連休の最終日。俺———御影雪翔は駅前のお弁当屋さんで買った商品を片手に夜道を歩いていた。夜道といったけど、午後19時なので少し明るさは残っている。
隣には中学二年生の俺の妹———御影紫音が発売されたばかりのモデル雑誌を読みながら歩いている。だが、最近だと歩きスマホでの交通事故が多発しているとニュースで報道されているので、兄としては歩きながらの読書は辞めてほしい。
(だけど紫音が読んでいるのは、ずっと楽しみにしていた雑誌だから注意するのは…気が引けるな)
だが、ここは兄としてちゃんと注意しないと!
「読んでいるところ悪いんだけど、雑誌を読むのは家に帰ってからではダメなのか?」
「無理。ちょうど羽衣姉妹のページに到達したから、ここで切り上げるのは無理。 可愛い!!」
「そ、そうか」
俺の忠告は羽衣姉妹に負けた。
羽衣姉妹とは姉の羽衣
姉の七蒼は専属読モであり、サラサラの黒髪で清楚でお淑やかなことから大和撫子と呼ばれている。
妹の結茜は専属読モではないが、姉とは対照的な茶髪に着崩した服装をするので密かに人気があるのだが、数ヶ月に一度しか雑誌に載らないので幻の妹とファンの間で広がっている。
モデル雑誌に疎い俺が何故知っているのかというと、紫音が一つ一つ丁寧に説明してくれたおかげだ。それから最新情報に関しては本屋で立ち読みなどをして確認をしているので、かなり詳しくなっているのだ。
仕方がない。ここは俺が紫音の分まで周囲を警戒していれば問題ないだろ。
そんな感じで歩き団地に差し掛かると、紫音が雑誌を読み終えたらしく鞄にしまい、俺の方に視線を向けて質問してきた。
「お兄ちゃんさ、大型連休中に高校の友達と出掛けたりしたの?」
「 !? どうしてそんなことを聞くのかな?」
一瞬驚いたが、すぐに平常心を取り戻して紫音に聞き返した。
「どうしても何も、私と出掛けた日以外は、ほぼ確定で家でゲームとかしていたでしょ?」
「確かにゲームはしていたことは認めよう。だが、家にずっといた証拠はない。紫音が出掛けた時に、俺も友人と遊びに行った可能性もあるぞ?」
この大型連休中は五日間あり、紫音は二日間は友人と出掛けていた。その二日間で俺が出掛けている可能性を出せば、まず負けないだろう。
(まあ紫音の言う通り、ずっと家にいたけどさ)
だが、この完璧と思っていた考えは紫音には一つも通じなかった。
「それはない。お兄ちゃんのスマホの連絡先リストを見た時、私とお母さんの二人しか登録されていなかったから。てか更新されてないじゃん」
確かに俺のスマホには、紫音と母さんの二人しか登録されていない。中学時代に友人と色々あり、卒業と同時にデータを初期化をしたから。
そして紫音と母さんには不具合でデータが消えたと言って、同日に再登録してもらったのだが———
「妹が兄のスマホを勝手に見るのはマナー違反だと思うんですけどね?」
「私は何も悪くありませんよ〜!! お兄ちゃんが机の上に置きっぱなしにするのが悪いのだ〜!!」
「そもそもスマホにはロックが掛かっていたはず。どうやってロック解除をしたんだ?」
紫音はニヤリとすると、ロック解除を出来た理由を教えてくれた。
「私、お兄ちゃんのスマホのパスワード把握済みなのです」
「……っは?! なんで紫音が俺のパスワードを知っているんだよ!?」
「以前、私の前でスマホを操作していた時にパスワードが見えて、それからずっと記憶していたの」
確かに紫音の前でスマホを操作することは度々あるけど、パスワードの時は気を付けていた。
考えられるとすれば、俺がパスワードを打つ瞬間に背後に紫音がいる場合だ。
(それを考えると、思い当たることが数回ほどあるんだよな…)
紫音はドヤ顔でこちらを見つめている。
「とりあえず、これからは兄のスマホを覗かないように。あとパスワードは変更しますから」
「そう言いながら、パスワード変更はしないよね〜私、お兄ちゃんのそーゆう所好きだよ」
「だから兄を揶揄うのはやめ———」
「———離せよ!! このクソジジイ!!」
紫音に言い返そうとした瞬間、公園の方から女性が叫ぶ声が聞こえてきた。そちらに視線を向けると、小太りなおじさんが制服姿の女性に抱き着こうとしていた。
女性の方はおじさんの腕を掴み対抗しているが、力の差があるので押し負けそうだった。
「お兄ちゃん、あのお姉さんを助けないと!」
「そうなんだが…」
おじさんと俺とでは体格差もあるし、力の差でも負けそうなんだけど。
周囲を見渡しても、俺たち以外は誰も歩いている人はいない。
(紫音には危ないことをさせたくないし、やはり俺がやるしかないのか)
そんなことを考えていると、紫音に背中をバンと思いっきり叩かれた。……かなり痛かった。
「何考えているのか知らないけど、お兄ちゃんの護身術でお姉さんを守りなさい!!」
「なんで上から目線の言い方なんだよ… それと護身術は少し齧った程度だから、俺は弱いぞ?」
「引き離すことくらいは出来るでしょ?その間に私は警察に電話するフリをするから!!」
「………分かった」
紫音にお弁当の袋を渡し、俺はおじさんに向けて静かに走り出した。ここでバレると、齧った程度の護身術では太刀打ちできないからだ。
(それよりも、あの声どこかで聞いたような…)
聞き覚えのある声のことは気になるが、まずは助けることを優先しないと。
「おい!! お姉さんが嫌がっているだろ!!」
「ぐっ…ガキ、何するんだよ。 痛いから離せ」
俺はおじさんの右手首を右手で掴み、右肩には左手を添えて、そのまま後ろに捻りながら地面に押し付けた。
すると、おじさんは苦痛そうな声色をしながら離せと言ってきたが離すつもりはない。
まずはお姉さんの避難が最優先だな。
「お姉さんは俺の後ろにいる妹の場所まで避難して!!」
「わ、分かった。貴方も気を付けて」
お姉さんは頷くと、すぐに椅子から立ち上がり紫音の場所まで移動した。
これでお姉さんとおじさんとで距離が出来た。
そしておじさんが刃物などを持っていないことも、軽装な所を見れば一目瞭然だ。
「おじさんさ、お姉さんに抱き付こうとしてたよね? 何をしようとしていたのかな?」
「……知らねぇ〜な。 あの女性が椅子で寝ていたから、俺は起こそうとしていただけだしな」
そう簡単には自白しないか。
だけど、これは時間との勝負だ。未熟な護身術の為、今にも固定している手を剥がされそうだ。
「それよりも、最初の威勢はどうしたんだ? 俺を固定しているはずの手の力が弱くなっているぞ」
くっ…やはりバレているか。
バレている以上、ここから反撃に来ることは間違いない。さて、どうしたものか…。
悩んでいると、タイミングよく紫音が声を掛けてきてくれた。
「今、警察を呼んだからあと少し耐えて!!」
「了解ー!!」
それを聞き、俺は残りの力を出して、起きあがろうとしていたおじさんを再度地面に押し付けた。
「け、警察だと?! そんなの呼ばれたら俺の人生が終わる…」
「お姉さんを襲っている時点で、お前の人生は終わっているも当然だろ」
「ガキが…生意気なことを言いやがって… 俺は捕まる訳にはいかないんだ!!」
「うぉ…?!」
おじさんの力が強くなり、固定していた手を振り解かれてしまった。そして「ガキ、覚えていろよ」と言いながら、その場から立ち去っていった。
「やっぱり齧った程度の護身術では、長時間の拘束は難しいな… いや、単純に力不足か?」
俺が自分の右手を見ながら呟いていると、後ろから紫音がお姉さんと共にやって来た。
「力不足かもね〜! 今度から筋トレでもしとく?」
「筋トレは考えておく」
とりあえず紫音の一言に軽く返事して、俺はお姉さんの方に視線を向けた。
一目見た感じ怪我はしていないらしく、精神的にも不安定にはなっていない様子だ。
「あの…私の顔に何か?」
「すみません。 その…怪我とかはしていないか、と思いまして」
「怪我はしていないし、精神的にも大丈夫だよ。 あと同級生なんだからタメ口でいいよ」
「………同級生?」
同級生に
しかも制服を着崩していたら、他クラスの人だった場合でも耳に入るはずだし…。
「あー。 この格好の所為で分からないか」
そう言うと、お姉さん改め彼女は鞄に入っていた眼鏡を掛け、髪をポニーテールの形にした。
「………あっ!?」
その姿になった瞬間、すぐに分かった。
「髪色や長さが違うから分かりにくいかなと思ったけど、これで分かってくれたか!」
確かに髪色と長さは違うけど、眼鏡姿だけですぐに分かった。彼女は同級生の中之庄
委員長と呼ばれている理由は単純明快で、彼女が学級委員をやっているのと、黒髪で眼鏡を掛けていて、さらにテストの講座順位でも常に一位にいるからと愛称で付けられた。彼女自身も嫌がっている素振りがないので受け入れているのだろう。
「まさか中之庄さんだったとは… その…雰囲気や話し方が違くて分からなかったよ」
俺は彼女のことを委員長とは呼ばない。理由は俺が恥ずかしくてあだ名で呼ぶのが苦手だからだ。
あと中之庄さんと普通に話せているが、その場の勢いで話しているだけで学校では提出物を出す時以外は話したことはない。
「そうだよね。学校と今の姿だとイメージが違いすぎて面を食らうよね」
「どうして、そんな格好をしているの?」
「それは———」
中之庄さんが答えようとした時、横にいた紫音が「嘘でしょ…?!」と言いながら、俺の袖を引っ張ってきた。
「紫音、急に驚いた顔をしてどうした?」
「お兄ちゃん… 私、この数分間で何で気付かなかったんだろう…」
「ごめん。 話の意図が見えないのだが、もう少し詳しく教えてくれないか?」
「お兄ちゃんは鈍感なんだから!!」
そう言うと、紫音は鞄から先程まで読んでいた雑誌を取り出して、とあるページを俺に見せてきた。
「羽衣姉妹のページを見せてどうしたんだ?」
紫音が見せてきたのは、羽衣姉妹が特集されているページだった。
「ここまでして、まだ気付かないとか鈍感にも程があるでしょ…」
「そこまで言わなくてもいいだろ」
「だって、お兄ちゃんが話しているお姉さんは…」
途中で言葉を止めた紫音は、一瞬中之庄さんの方に視線を向け、そして悪戯顔を浮かべた。
紫音のやつ何か悪いことを考えているな。
悪戯顔を浮かべた時の紫音は、何かしら良くないことを考えている時なんだよな…。
そう思っていると、こちらに視線を戻した紫音が口を開いて聞いてきた。
「お兄ちゃん、羽衣姉妹のことを見てどう思う?」
「急にどうした? 中之庄さんが何か言おうとしているんだから、そんなこと聞かなくてもいいだろ?」
「中之庄さん。2分ほどお時間貰ってもいいでしょうか?」
「えっ…その…構いませんよ?」
「何故、疑問系?! あと妹の我が儘に付き合わなくてもいいんですよ!」
「大丈夫だよ。 私のはすぐに終わる話だから。 (それに羽衣姉妹のことを御影くんはどう思っているのか気になるし)」
あれ?いま中之庄が何かボソッと言ってた気がするけど、俺の気のせいだったか?
「ほらほら〜 中之庄さんもこう言っているし、早く答えてよ〜」
そして逃げ道を塞がれた…か。紫音のずる賢さを違うところに活用してほしいものだ。
「分かったから、肘で突いてくるな。 俺が羽衣姉妹のことをどう思っているかだけど———姉妹揃って美人だと思うよ」
「ほうほう、私も美人に関しては同意見だよ。 それじゃあ、妹の結茜さんはどう?」
「結茜さんは不良美少女として売れているのに、数ヶ月に一度しか雑誌に掲載されないから勿体無いと思う。専属読モになってもいいと思うけど、幻の妹のステータスがなくなるのも捨て難いな」
「お兄ちゃんの言いたいことは、私も同意見だから分かるよ。 で、モデルとしての羽衣結茜はかなり好きということ?」
「好き…かは分からないけど、羽衣姉妹が雑誌に載れば確認はするようにはなったね」
俺、何で中之庄さんの前でカミングアウトしているんだろう…。普通に恥ずかしいだけなんだけど。
すると紫音が親指でクイクイとしながら、中之庄さんの方を見るように促してきた。
何だろうと思いながら中之庄さんの方に視線を向けると、中之庄は顔を赤くしていた。
「中之庄…さん?! どうして中之庄さんが顔を赤くしているの?! この場合、俺の方が顔を赤くするのが定石だよね?」
「ごめん…。
「いやいや、私たち羽衣姉妹って———」
あれ?中之庄さんの雰囲気どこかで見た…いや、先程雑誌で写っていた羽衣結茜に似ているな…。
まさか!?俺は横にいる紫音に視線を向けた。
そして紫音はニヤリとした後、口を開いた。
「鈍感なお兄ちゃんでも、あそこまで言われたら気付くよね〜」
「一応確認なんだが、俺の目の前にいる中之庄が羽衣姉妹の妹の羽衣結茜さんなのか?」
「大正解!!」
「マジ…か。 全く気付かなかったよ」
てことは、先程言い掛けていた言葉の続きは羽衣姉妹に関することだったのかな?
「もしかして、さっき言い掛けていたのは自分が羽衣姉妹だからって言おうとしていたの?」
「そう…だね。 概ね間違ってはいないんだけど、詳しい話は家でもいいかな? さすがに、ここには長居をしたくないし」
確かに襲われそうになった現場で、ずっと話すのも気分が良くないよな。寧ろ、移動せずに話をしていた俺たちがおかしいまである。
「移動するのは構わないけど、家って中之庄さんの家だよね?」
「そうだけど、何か問題でもあった?」
「大したことではないのだが…」
ほんと大したことではない。ただ個人的な問題として、単純に女子の家に行ったことないから緊張しているだけだ。
「結茜さん、すみませんね。兄は女子の家に行く耐性がないので、ど緊張しているのですよ」
「なるほど。 それなら無理にとは言わな———」
「いえいえ、ご好意に甘えて訪問させていただきます!! 何も問題はありませんよ!!」
紫音…。兄の心配を全面に出しているようだが、自分の顔を鏡で見てみな。とても心配しているような顔ではないぞ?そう、『羽衣姉妹の家に行けなんて最高!!』って、表情から見て取れる。
「問題はあるぞ」
個人的な問題ではなく、俺と紫音の二人に関する問題だ。それは俺たちが買ってきたお弁当だ。
お弁当は冷めてしまうと肉とかが固くなったりして、食べにくくなったり味落ちする場合がある。
だから俺は温かくて美味しい時に食べたい!
「これのことでしょ? 私に任せなさい!」
紫音はお弁当と袋を見せると、すぐに中之庄さんの方に視線を戻した。
待て、何をするつもりだ。また悪戯顔を浮かべているから嫌な予感がするぞ。
そして俺の心配が的中した。
「結茜さん、実は私たちお弁当を買ってきていて時間的に冷めてしまうのです。ですが、結茜さんを一人で帰す訳にはいかないのと、家で詳しい話を聞き
たいのですが———どうすればいいでしょうか?」
俺から見たらお弁当の話は建前で、本音は何がなんでも羽衣姉妹の家に行きたいにしか聞こえない。
全く…人様の家でお弁当を食べる訳にはいかないだろ。中之庄さんだって後日に予定を変えてくれるだろ。
「なら、私たちの家でお弁当を食べてもいいわよ? デザートにフルーツも出してあげるよ?」
まさかの許可が出た。しかも、フルーツというオマケまで付いてきた。
これを聞いたら、紫音は止まらなくなる。
紫音が口を開く前に、俺が断らないと。
「いやいや、話を聞くだけなら明日の放課後でもいいと思うんだけど。 それにフルーツを出してもらうな———」
「お兄ちゃんは少し静かにしててね!」
話している途中、紫音に口元を押さえられた。
これで俺は一言も話せない状況になり、紫音は中之庄さんと話を続けた。
「結茜さん、ありがとうございます。 改めまして、ご好意に甘えさせて訪問させていただきます」
「妹さん面白いね! これから紫音ちゃんって呼んでもいいかな?」
「お願いします!! 結茜様!!」
「"様"?! 様付けではなく、結茜でいいよ」
「ゆ…結茜…結茜さん。 私には呼び捨ては出来ないので、さん付けのままで」
「分かった。 んじゃー、そろそろ私の家に向かいますか」
「案内お願いします!!」
「ふふ。 二人とも着いて来てね」
蚊帳の外になっていた俺は紫音から解放されたが、既に話がかなり進んでいたので何も言う気がなかった。
そして俺は目の前を歩く紫音と中之庄さんの後ろに続き、中之庄さんの家へと向かった。
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