第23話 選別②

神の神殿へ行って無事に出た者は居ない。


ルーシャの声のトーンで分かる。どうやら冗談では無さそうだ。


「もー! どれだけこの檻の中に入れられるのよ! 腕も痛いし、何も見えないし頭がおかしくなりそう!」


暗闇でもアンシモードでルーシャの姿が見える。頭を振りながら落ち着かないようだ。なんか盗撮してるみたいで申し訳ない気分になる。


「14時間と27分経ったようだ。思ったより時間が経っているな」


念の為、ストップウォッチモードをオンにしていた為、どれだけの時間が経ったか把握できた。

それを聞いたルーシャが魔法も使わずどうして分かるのかしつこく聞いてくる。面倒臭いエルフだ。


「ねぇ、アンタはどうしてここに入れられたの?」

ルーシャが遠慮がちに聞いてきた。


「エメスだ。アンタって名前じゃない」


「うっ、エ、エメスはどうしてここにきたの?」


俺はルーシャにありのままの出来事を話した。それを聞いたルーシャは「そんな事ってあるんだ」と妙に納得していたようだった。


「ルーシャ。お前こそどうしてこの檻の中に入れられたんだ?」


「えっ? あっ……わた……私は、内緒」


「内緒って! 俺は言ったのに自分は言わないなんて騎士道の風上にも置けない奴だな!」


「……ごめんなさい」


ごめんなさい、のトーンが妙な悲しみが込められているような気がした。この身体になってから人の感情に感づきやすくなっているようだ。俺はこれ以上聞くことが出来なかった。


「うっ……うう」


突然ルーシャが苦しみ出した。


「どうした? 苦しいのか?持病でもあるのか?」


「……」


ルーシャは何も答えず、横になり苦しみ続ける。


あー、しょうがないな! 鉄球を引きずりながらルーシャの元へ行き抱き寄せた。


「大丈夫か?」


「お……」


「お?」


「おし……こ」


「おし?」


「もう! トイレに行きたいのをずっと我慢してるのよ! レディにそんな事言わせないで!」

ルーシャは両手で顔を隠して恥ずかしがった。


さすがにそれは言いにくいな。外の奴らに事情を話すか。そう思った俺は檻をガンガン叩きまくり外にいる奴らに知らせようとした。


外から幕が捲り上がると、一人の兵士が顔を覗かせた。


「大人しくしろ! 一体何の騒ぎだ!」


「腹を壊したからウンコさせてくれ」


「駄目だ!もう少しで着くから大人しくしてろ!」


「分かった、檻の中でウンコをするから文句言うなよ!」


「分かった分かった! 頼むから檻の中で糞なんかするな!」


それを聞いた兵士は慌てて檻の扉の鍵を開けた。


「サンキュー。あっ、このエルフも外の空気を吸わせてやってくれ。気分が悪いそうだ」


こうして俺達は檻から少しの時間だったが出るのを許された。辺りは月明かりに照らされた森林に覆われていた。


檻から出る時、お互いの姿が月明かりで見えた。


ルーシャは俺の姿を見てギョッとしていた。そりゃそうだ、俺の第一印象は最悪だからな。

それよりも、月明かりに照らされたルーシャは檻の中で見た印象よりずっと……ラフシールとはまた違う高貴で美しさが際立っていた。これがエルフなのだろうか?


黙っていれば良い女なのにな。


俺の後に続いてルーシャも森の中へ入ろうとした時、兵隊の一人に呼び止められる。


「エルフの女! お前はここで待機だ! それとも、お前も用が足したいのか? ククク、そうしたいなら俺達の前でしろ」


「なっ! い……嫌よ!」


ルーシャは首を大きく横に振った。


「ならいい、お前を此処へ置きざりにするだけだ。それでもいいな?」


ルーシャはパッと俺の方を見た。まるで助けてとでも言いたいかのように。ルーシャの視線に気付いたがそのまま兵隊達に俺は関係無いと、アピールしながら森の中へ進む。横目で見ると意を決したルーシャが服に手を掛けて脱ごうとしていた。


≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒


「えっ? 何? 何?」


何が起きたか分からず、ルーシャは周りをキョロキョロする。目の前に黒装束の俺が突然現れたからだ。そして、さっきまで取り囲んでいた兵隊達の姿は無く、全然違う場所に今居る事に混乱していたからだった。


「ここなら誰にも気兼ね無く用が足せるだろ? その後はあっちの方へ行けば兵隊達に会わずに逃げられる。俺は兵隊達に悟られないようにさっさと檻へ戻るからな」


逃げれば良いのに馬鹿な事をしようとしたルーシャに苛立ってしまった。何故もっと自分の事を大事にしないんだ。


そう思いながら馬車の方へ戻っている最中ルーシャが走って付いてきて言った「私はどうしても神の神殿に行かなければならない」と。


神の神殿へ入った者で無事に出てきた者は居ない、そう言ったのはルーシャ本人だ。それを承知の上でどうして神の神殿へ行きたいのか理解できなかった。


≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒


スローモーションモードにしたままルーシャを抱えて檻の中へ戻り解除する。いつの間にか檻の中にいる俺達を首を傾げながら見る兵隊達。

程なくして馬車は再び走り始めてからしばらく経った頃。


「ねぇ……エメス、起きてる?」


「グー グー、ぐっすり眠ってる最中」


「もう! 意地悪しないで!」


「どうした? またトイレか?」


「違う! あの……さっきはありがとう。あれってエメスの能力だよね? あれは魔法では無かった。エメスって凄いのね」


「別に俺が凄いわけじゃない。どうした? 不安で眠れないのか? 一睡もしてないんだろう? 少しでも眠った方がいいぞ」


「私には眠ってる暇なんてないの。私の帰りを待つ人達が、ううん、何でもない」


「言いたく無いなら別にいいけどな。俺は少し眠る、何かあったら起こしてくれ」


「分かったわ」


スリープモード


俺の意識はあっという間に途絶えた。




……う……ん


誰かが身体を揺らしている。いい気持ちで眠っていたのに誰だ?


「エメス起きて! 神の神殿に着いたみたい!」


ルーシャの声で一気に目が覚める。神の神殿に着いたって?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る