第21話 誘惑
ガチャ
ブティック アンド ビューティーの店の扉を開ける。
「お帰りなさいさませ! 奥様もお嬢様も見違える様に綺麗になりましたよ! あっ、勿論素材が良いからですね!」
店員がパタパタと笑顔で駆け寄ってきた。
あーそうかい。それは良かった。目的はクインカスの罰ゲームだから、馬鹿にしてやればスッキリすると思っただけだからな。適当にクインカスを馬鹿にしてマザーを褒めて帰るか。
「さぁ、帰ろ」
マザー、いやラフシールの姿を見て言葉を失った。綺麗に整えられた髪型に化粧に着飾った服装。元々容姿は抜群に良いのはわかっていたが、これは……
『エメス様、どう……ですか?』
「お、お……まっ、いっ、良いんじゃないか?」
気恥ずかしそうに聞くマザーに思わず返答がうわずってしまった。やばい、直視できないぞ…… 童貞かよ俺は?
ふー、さて、小さい方はどうだ?
マザーの横で後ろを向いて
「おい、クインカス!」
クインカスの名を呼ぶがモジモジしてこっちに振り向かない。あーイライラする。さっさとこっちへ向け!笑ってやるから。
中々振り向かないクインカスにマザーと店員が説得し、渋々とクインカスは振り返った。
おら、笑ってや……る
二つ結びにリボンをつけ、女の子らしいピンク色のフリフリの服を着た美少女がこっちを見ていた。
「わ、笑うなら笑え!」
クインカスが顔を真っ赤にして叫ぶ。
いや、笑えるものなら笑いたいけど、これじゃあただの可愛い娘だ。
「旦那様は幸せですね! こんな綺麗な奥様とお嬢様がいらっしゃるなんて」
店を出る間近に店員にかけられた言葉が忘れられない。凄く複雑な気分だ。
「じゃあなクインカス。頑張って生きろよ!」
店を出た前の道でクインカスを解放してやることにした。予想外だったが十分罰ゲームも楽しめたしな。
「おい! ワシをこの格好のまま放置するのか? いや、約束は約束じゃ。ワシは竜族だから約束は守る約束は守る」
ブツブツとずっと自分に言い聞かせていた。よっぽど嫌らしい。
「おっと、これはお前の分だ!」
裏オークション会場で取った金をクインカスへ投げ渡すと、クインカスの顔がパッと明るくなる。
「貰って良いのか?」
「ああ、お前とはタイマンで戦った友じゃないか! なぁに遠慮するな」
「お前、良い奴じゃな! じゃあな!ラフシールも元気でな!」
「悪事に手を染めるなよ!」
「クインカスさん、さようなら!」
クインカスは手をバタバタ振りながら走って去っていった。マザーは寂しそうな顔をして手を振りかえしていた。まぁ、どんな奴でも居なくなると寂しくなるものだ。
俺は酒場で入手した安い宿屋、そう、ヨーク通りにあるバイロン宿へ向かう事にした。マザーも疲れているだろうから早めに休ませた方が良いと判断したからだ。
「ちょっとあの娘、スッゲー可愛くね?」
「あんな娘と付き合えたら幸せだろーなー。ちくしょう! 隣のあの変な男が羨ましいぞ!」
「私を見ないで違う娘を見るなんてどういう事!」
「いたたた、ごめん、違うんだ!」
ただ、街を歩いているだけで聞こえてくる周りの男達の声。マザーは自分の事だと気付いてないようだが、俺は凄く痛い視線を受け続けて、少し疲れていた。
宿屋に行く途中、果物や雑貨の露店が立ち並び、マザーは興味津々で少し立ち止まっては商品を触って見ていた。
その中でも、7色に光る貝殻のペンダントが気に入ったらしく手に取って何度も見ている。
「お姉さん、これ幾ら?」
「1900ダラです」
お金を払ってマザーへ渡すと飛び跳ねて喜びペンダントを付けて良いかと伺ってきたので、好きにすれば良いと答えた。
自分で付けようとするマザーに、露店のお姉ちゃんが「男がつけてあげるものだ!」と言うものだから、渋々ペンダントを付けてやると、大事そうに触っていた。
その後は、他の露店のおっさん達がマザーの容姿を見るや否やサービスであげると強引にマザーへ渡すものだから宿屋に着く頃には両手一杯の荷物を抱えていた。
宿は3階建の普通の外観。受付嬢がサービスで最上階にしましたと笑顔で言ってきても、エレベーターなんてこの世界には無いから階段で登らなければならないのは不便だ。
宿の部屋は掃除が行き届いているし、3階からの部屋の景色も悪くない。トイレも風呂も付いている。ただ、ベッドが一つしかない。
夕食は宿屋の一階のレストランで済ませようとした。店へ入るなり、マザーを見たウェイターやカップルの男の方が見惚れてしまって落ち着かない。一緒に居るのが怪しい格好の俺だからちょっかいは出されなかったが。
俺は食事と言うより酒を頼んで飲んでいると、マザーが興味そうに見ている。一口飲むかと差し出すと一気に飲み干してしまった。
『エメス様、頭がボートしてきましたので…… 先に部屋へ…… 戻ってますね』
しばらくして、顔を真っ赤にしたマザーが先に部屋へ戻っていった。
「ふー、美味い酒だったな」
気分良くホテルの部屋に戻ると灯りが消えていた。
「マザー? 」
酒に酔い潰れて寝てしまったか? と、暗闇に目が慣れるまで手探りで寝室を探すと、ベッドが1つ置かれた部屋にたどり着いた。
マザーがベッドに寝ているのが分かった。
起こすのも可哀想だし、この石の身体だから床で寝ようとすると、手を握られ引き止められる。
「マザーか? どうした、寝れないのか?」
『いいえ 、エメス様…… あの…… しますか?』
しますかって言ったよな?
何を?
寝ますか? の聞き間違えだよな?
突然のマザーの一言に混乱していた。
「あ…… ああ 疲れたし寝ようかな?」
『エメス様、違います!
「は…… 繁殖行為?」
『分かりませんか? 植物で言えば、おしべの花粉がめしべとくっつく事です。人間で言えばセッ…」
「あー! あー! あー! それ以上は言わなくていい。意味は分かっているから!」
マザーは酔っ払って大胆になっていた。
分かってる。男ならめっちゃおいしいシチュエーションだって事を! でも無理なんだ!
何故なら…… 石化してるんだよ! 肝心な所が!
「ありがとうマザー、気持ちだけで充分だよ。でも、今は無理なんだ」
動揺して訳の分からない事を俺は言っていた。
『そうですか…… 残念です。人間の繁殖行為に興味があったのですが…… 何だか眠くなって来ました…… おやすみなさい… エメス様』
「おやすみ マザー」
繁殖行為に興味とか、男なら誰でも良いからって俺が知らない所でマザーが男に声を掛けて繁殖行為を……そんな事絶対に許さん!
どっちにしろこの身体でベッドに入ったら重みで壊れる可能性があった。
床に転がって寝てみたら案外快適だからそのまま寝る事にする。
俺…… 一生 石像の化物で生きていかなきゃいけないのかな……お金も無限じゃ無いし、稼がないと。
色々と不安な事を考えていたら、いつの間にか眠りについていた
「エメス様! 起きて下さい! 大変です!」
いつものアラームモードと違うマザーの声が聞こえ目を擦りながら起きる。
「どうしたんだ一体?」
「外の声を聞いて下さい!」
外の声? ホテルの窓を開けると、街中の人間が走り回って騒いでいる。
「選別が…… 選別が始まったぞ!!」
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