アストレア〜Astraea〜神々の見棄てた大地 第1章:玄関開けたら異世界だった
紫兎★
第1話:プロローグ1
『はいっ!今日もお付き合いありがとうございました!いつもいつも私みたいな底辺配信者にお付き合い下さり、感謝の言葉もございません。私の愛すべき皆様に、少しでも楽しい話題を提供できるように、これからも日々励んでいきますので、よろしくお願いします!』
画面の中の蒼色の髪の紅い目をした少年のアバターが、毎度毎度のお決まりのセリフを語ると、
≪固すぎ≫
≪相変わらずの真面目ちゃん≫
≪そろそろ諦めた方が良いんじゃない?≫
などと一桁台の視聴者から、やる気を串刺しにする言葉が書き込まれる。
しかし、一度なんの反応もない配信を経験してからは、こんな反論でも有り難いことを痛感していた。批判するということは、この自分の話を聞いていてくれているということに気づいたからだ。
それからはそんな常連さん達にも感謝できるようになったが、その言葉にムカッとすることを抑えることはまだできていない。
(こっちだってな、初めのうちは面白おかしい言葉遣いで、クダけた感じで配信してたんだよ。でも、それじゃダメだったんだよ。視聴者が全然伸びなかったんだよ。挙げ句の果ては、少ない常連から文句ばっかり言われて、どうして良いか判らなくなって、お前らに聞いて配信スタイル変えたんだよ)
そんなことを思っても、それは顔には出しちゃダメだということは、痛感している。
(こんなつまらない配信になったのはお前らにも責任あるだろ!という言葉はグッと呑み込んで応える)
と自分に言い聞かせて納得するしかない。
『これからです。いろいろと工夫して、少しでも面白くなるようにガンバりますから、もう少し長い目で見てください!』
≪歌も下手≫
≪ダンスも下手≫
≪頭もないから、喋りも下手≫
≪どこに面白みが生まれる余地があるのか判らない。真面目に学校に出席した方が良い≫
(最後の奴、俺のリアルの知人じゃないのか?時々しれっと抉ってくるよな。でも、もう学校行かなくなってから一年以上たってるし、俺のことを気にかけてくれる奴なんているわけないしな)
そんなダラダラした配信を終え、ゲーミングチェアに座ったまま、瀧川瑠夏(たきかわるか)は大きく背伸びをした。
瀧川瑠夏は、社宅暮らしの両親が瑠夏の将来の為に東京台場に購入したマンションで暮らすニートである。
ベランダ付きの六十平方メートル強で、リビングダイニングルームに、バストイレキッチン、小さいながらも二つの部屋を持つ部屋の配置は、一人で暮らすには十分な広さがあり、二十九階にあるマンションの窓からはレインボーブリッジや東京タワー等の東京の名だたる名所が一望できる。寝室にしているこの部屋は、ニートにとっては最高のロケーションと言えた。
瑠夏自身は中学二
年までは普通に学校に通っており、成績は普通の上程度であった。所属していたアーチェリー部では、二年であるにも関わらず、全国大会で三位に入るほどの実力もあり、その少し背の低い幼気な風貌は、学園人気投票では時々ランキングに入る程には人気もあった。
そんな一見勝ち組にも見える、本来は陽キャに分類されるであろう瑠夏が引きこもりになったのには、それなりの理由がある。
中学三年になったばかりの春休みに、家族旅行に出かけた先で、瑠夏のトイレの為にたまたま立ち寄ったサービスエリアに駐車スペースがなく、家族は仕方なく駐車場端の通路に車を停めて、瑠夏だけがトイレに行った。
トイレで用を済ませた帰りに、売店のホットドッグや惣菜パンやドリンクを買い込み、車に戻ろうとしていると、後方からクラクションを鳴らしながら、通路をかなりの速さで暴走してきた車がいたので、瑠夏が慌てて通路の端に避けると、その車は彼の目の前で家族の車を跳ね飛ばし、その勢いで前方に押し出された家族の乗った車は、通路に出てこようとしていた大型トレーラーに右側から追突され、両親の乗った車は壁とトレーラーの間に挟み込まれてしまった。
手にしていた食べ物や飲み物を放り出し、現場に向かおうとした瑠夏の前で、更に追い討ちをかけるかのように、壊れた車からガソリンが漏れだし、近くの道端に腰を降ろしてタバコを吸っていた男が驚いて放り投げた吸い殻から引火して、車はあっという間に大爆発を起こして炎上してしまったのだった。
その瞬間から、瑠夏の生活は一変した。
どこで調べたのか、その日の夜から多くのマスコミから瑠夏の携帯に連絡が入り、祖父母や親戚からの連絡も入るために切ることもできず、瑠夏の精神は、事故後一日で容易に回復できない程に崩壊していった。
普段あまり縁のなかった親戚が自宅に押し掛け、大学病院の死体検案室から家族の遺体と一緒に帰宅した瑠夏は、その対応に追われて更に精神を疲弊させ、連日押し寄せてくる容赦ないマスコミの取材は、ボロボロになった瑠夏が立ち直るための猶予を奪い去っていた。
追い討ちをかけるように、もともと社宅暮らしだった瑠夏の所には、父親の勤めていた会社から一ヶ月以内に転居してほしい旨の連絡が入り、家から出かけることもできなくなった彼は、マスコミの取材攻勢が一般生徒へ与える影響を不安視した学校からの提案もあり、通っている中学を休学することになった。六年制の中高一貫校であった為に、受験勉強に追われることはなかったが、このままでは単位不足で進級させられないからという学校側の都合で、同系列グループの通信制高校へと進学させられたが、それ以来瑠夏が学校へ登校することはなかった。
二億円ほどあった保険金は、僅か数ヵ月の事故後のドタバタのうちに、名ばかりの親戚連中の手によって、どこかに消えていき、気づいた時には瑠夏自身の通帳に二千万円を残すのみとなっていたが、幸いにも将来のために両親が購入していた瑠夏名義の東京のマンションが残されていた。
まだ支払いの終わっていない残高があったが、それは父親がローンの担保の為に入っていた生命保険を充てることで解消しており、今まで暮らしていた街を離れ、瑠夏が東京のマンションで誰とも関わらずに一人で生きていく決意をしたのも仕方のないことだと言えた。
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