ペアルック その2

 小柴涼音と表示されているスマホ画面を思わず二度見したあと、通話ボタンを押した。


「もしもし、白石です」

「小柴です。こんな遅い時間にご迷惑ではなかったですか?」

「いえ、大丈夫です」


 なぜか正座して背筋を伸ばして、返事をしてしまう。


「あの~、もしよろしければこの前の食事のお礼に、私のよくいくお店に行きませんか?一緒に行く友人が、これなくなってキャンセルするのももったいなくて、一緒に行ってくれませんか?」

「はい、もちろん」


 場所と時間を約束して通話を終えると、信じられない幸運に胸が躍った。


 それから数日、期待と興奮で何も手につかず眠れない日を過ごし、ようやく約束の日を迎えた。

 彼女がよく行くお店は繁華街にあるレストランだった。彼女はビストロと言っていたが、いまいち違いはよくわからない。


 ニース風サラダ、カブのポタージュ、鵞鳥のコンフィなど初めて食べる料理はどれもおいしかった。


「ラマヌジャンの定理は証明はされてるんですけど、どうやってその定理にたどり着いたかが謎ですね。本人は、神から教えてもらったといってますけど」


 彼女がデザートのガトーショコラを食べながら、僕の話を興味深そうに聞いてくれている。ラマヌジャンは100年ぐらい前の数学者で複雑な数式からなる定理を残したことでたことで知られており、数学科では複雑な計算になると「ラマヌジャンじゃないと無理」というのが定番のジョークになっている。


「白石さんの話って、面白いし勉強になるし好きです」

「ありがとうございます」

「私の友達みんな彼氏いるのに、私だけいないんですよ。だから男の人の話って新鮮で、もう一度聞きたいなと思って白石さんに連絡しましたけど、迷惑でした?」

「いえ、私でよければ」


 そう答えながらも、彼氏がいない話題を振ってくるということは、ひょっとして脈あるのかと期待してしまう。


「あの~白石さんって、お付き合いされている方とかいます?」

「いや、いないですけど」


 がっつきたい気持ちを抑えて冷静な振りで答えるが、心臓の鼓動は早くなっている。


「もし、良かったら私とお付き合いしてくれませんか?」


 あの小柴さんとお付き合い、しかも彼女から告白キターーーーーー。

 脳内にニコニコ動画のような字幕が流れた。

 もちろん、即答で返事をした。


「あ~良かった、もし断られたら泣いちゃうところでした。中高女子高で、大学に成ったら彼氏できるかなと思ったけど、周りの女子はみんな彼氏いるのに私だけいなくてさみしかったんです」


 彼女のような美人なうえに、IT企業の一人娘という高スペックな彼女を口説こうという男子は、オクテな理系男子ばかりの西都科学大学にはいないのも当然だ。


 お店を出て駅まで彼女を送る途中、彼女は僕と腕を組みながら甘えてきた。女性と腕を組むどころか、体が接するのが初めての僕の心臓は音が聞こえるぐらい激しく鼓動している。


「白石さん、お願いがあるんですけど」

「えっ、何?小柴さんの願いなら何でも効くけど」

「やったーうれしい。あの、ちょっと恥ずかしいんですけど、恋人出来たらペアルックしたいと思ってたんですよ。服は私が買うから着てくれますか?」


 改まってお願いというから何なのかと思ったが、ペアルックだった。少し恥ずかしいが、小柴さんの頼みとあらば聞かざるをえない。


 翌週、交際後初めてのデートに浮かれながら、待ち合わせ場所につくと小柴さんは大きめの紙袋を持っていた。


「ごめん、待った?」

「いや、私が早く来ただけなんで。初めてのデートで落ち着かなくて、早く家を出ちゃいました」


 小柴さんは少し舌を出して、いたずらが見つかった子供のような笑みを浮かべた。小柴さんは、黒のリボンタイがついているベージュのブラウスに黒のカーディガン、それにピンクのスカートを着ている。

 かわいい清楚系で男子が100人中100人とも好きなコーデだ。でも、ペアルックと言っていたが、どういうことだろう。


「来て早々で悪いですけど、あそこのカラオケ屋に入って着替えましょ」


 彼女に手を引かれるままにカラオケ屋に向かう。そこで着替えるということは、まだ付き合いたてなのに小柴さんの着替えもみられる!?邪な期待をしてしまう。

 

 カラオケの受付で彼女は受付を済ませ、部屋に入るなり紙袋から中身を取り出した。

 中身は、ベージュのブラウスにピンクのスカートと今小柴さんが着ている服だった。


「ペアルックってこういうこと?」

「そうですよ。楽しみで待ちきれないんで早く着替えてください」

「えっ、でもこれスカートだよね」

「ダメですか?約束しましたよね、ペアルック着てくれるって」


 今までの笑顔が一瞬にして消えて、今にも泣きだしそうな表情に変わった。まあ、カラオケの店内なら誰にも見られないから、いいかと思い覚悟を決める。


「わかったよ。着るよ」

「やったー。さあ、早く脱いでください」


 服を脱ぎ始めると紙袋をひとつ手渡された。中身を見ると、ストッキングとワインレッドのブラジャーとショーツだった。


「下着も?」

「そうですよ。今日の私とおそろいです」


 「下着も?」の後に続く言葉を、「下着も女性もの着るの?」という意味だったのに、「下着もペアルックなの?」と勘違いした彼女が恥ずかしそうに答えた。


「私ちょっと、部屋出てるんで着替えてください。5分後にはもどります」


 そう言って彼女は部屋から出て行った。5分後、着替えてなかったらまた彼女は悲しむだろう。そうなると、僕に残された時間は少ない。

 慌てて着てきた服を脱いで、ワインレッドのショーツに足を通した。


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る