第40話 ふたりの女神。お尻相撲の激突。
腕にダメージを受けたヴェーラには文字通りもう手はない。
「その腕ではまわしはとれない。終わりですよ。私の究極の決まり手・邪神八景でとどめの土をつけてあげます」
そのときヴェーラは全身をしならせた。
いったい何が残っているのか?
(お尻?)
ニュルンルンは勝負に相撲を選んだことを一瞬後悔した。
(いや。気のせいだ。お尻相撲で弾かれたことはある。だがこの種目の選択は、私と彼女の力の差を鑑みれば、実にフェアだ!)
ヴェーラはポンコツだ。
妖精世界の女神の学校では、技能科目はいざ知らず、基本科目では負けたことがない。
運動や戦闘でも、力関係は変わらない。
ニュルンルンの体育の成績は5。
ヴェーラは1だ。
現代は女神の学校でも配慮があるから、どんな運動音痴でも温情で2になるものだが……。
ヴェーラは違う。
やる気がないのではないか、というレベルでどんくさい。
(いつも尻餅をついて、ふえぇぇと泣いていた。手を出してあげるのは私の役目だった)
一度だけお尻相撲をしたとき、敗北をしたがそれだけだ。
野球もバスケも、サッカーもテニスも水泳もスキーも勉学も、すべてにおいてニュルンルンが圧倒的だ。
ただの勝負では勝利は明白だから。
相撲という種目が、ふたりの間ではフェアなのだ。
「最後っ屁というわけですか。お尻だけに! こんなの躱して終わりです」
「さあ。どうでしょうね!」
ニュルンルンの背筋が凍り付く。
女神の持つ権能『ほんの少し先の未来予知』で、ニュルンルンはその光景をみる。
未来の光景ではニュルンルンの決まり手〈邪神八景〉を、ヴェーラの弾丸のごときお尻が吹き飛ばしていたのだ。
(回しと胴と足をとる私の決まり手〈邪神八景〉がお尻に無効化されている?!)
芸術的な技が芸術的であるがゆえに、原始的な技に砕かれることがある。
(芸術的彫刻も、ハンマーの一振りでこわされることもある、か。ならば!)
ニュルンルンは未来予知で、技がお尻にくだかれる様子をみた。
無理もない。腕とお尻では、質量に差がある。
(理に叶ってはいます。ならば私もヒップアタックをするまで! 原始的な技には原始的な技をぶつける!)
ヴェーラの動きは雑だ。
すごく思い切って尻を突き出して入るが、所詮は素人の動き。
「運動連鎖がなっちゃいませんわ!」
ニュルンルンは、完璧な関節の連動と、遠心力でヒップアタックを繰り出す。
流麗な動きだった。
「いいいいやぁあああああ!」
「はああぁぁぁあああああ!」
ドンンッゥッッッッ!!!
新星爆発のごとき、音が響く!
ふたつのお尻がぶつかり合うと共に、波動が吹きすさび、ナイトプールに波紋を発生。波となる!
そのとき、光と共にニュルンルンの脳裏にフラッシュバックが舞い降りた。
(これは、幼い頃の記憶?)
尻餅をついて泣く女の子と、しょうがないものを見る目で手を伸ばす女の子……。
初等部一年生の頃のヴェーラとニュルンルンの姿だ。
(ふえぇぇぇ……! 痛いよぅ。ニュルンちゃん)
(また尻餅をついていたんですか。ドジですね。そんなだからお尻が大きくなるんですよ)
(いやだよぉ~)
(ならお尻が大きくなってもいいように、美容には勤めなさい。泉の水をかかさず浴びるのですよ)
(うん。がんばるよ。でも泉でも尻餅をついちゃうんだ)
(気をつけて歩きなさい。本当、どうしようもないですね。あなたは……)
度重なるドジによって幼い頃から尻餅をつくヴェーラと、たしなめるニュルンルンの姿……。
光の中、ニュルンルンの意識が戻る。
ぶつかり合うお尻とお尻。
衝撃波が、ごぉおおおおおっと渦を巻く。
感じるのは、凝縮された質量。
圧縮され束ねられた力。
(ヴェーラのお尻は、凝縮された筋繊維だとでもいうの?)
同じ大きさにみえる筋肉でも、筋繊維の密度によって発揮される力が異なるという。
一見すると、ただでかいだけのお尻にしかみえないが。
年月の積み重ねによって、錬磨された力が、そのお尻には凝縮されている。
岩をも砕く雫か。
醸造された美酒のように。
彼女のドジの尻餅が、究極のお尻を錬成したとでもいうのか?!
(まだ。まだだ! 芯を捉え……)
しかしニュルンルンは悟ってしまった。
ヒップアタックを的確に運用し、相手の尻の〈芯〉を捉えるほどに。
それはまるで……。
山にでも触れた感触であると。
(まさか彼女のお尻は解放すれば……その肉は……)
このプールほどのサイズの肉があふれ出るのではないか?
(人は神には勝てないが。神さえも大地とぶつかり合うことはできない、か)
「ああああああああぁあああああああ!!」
「か、はっ。ひぐっ。ひぎぃ! ぎいぃいいい!!」
断末魔をあげるニュルンルン。
ニュルンルンの尻にはビキビキとした、無数の打撲ダメージが入る。
それほどまでにヴェーラの本気の尻は、圧倒的な質量と威力を備えていた。
どんっ! とはじけ飛ぶニュルンルン。
「ああああああぁああああああああああ!!」
ナイトプール上を水切りし、吹き飛ばされていく。
「うあぁぁああぁあ。ぁぁあああああああ!」
屋上の金網に叩きつけられる。
上半身が金網を突き破り、尻のみを突き出していた。
壁尻のポーズとなり、圧倒的な敗北をせしめたのだった。
デビルドラゴンメイドのヨルハが裁定を下す。
「判定を下すまでもありませんね。勝者はヴェーラ様」
どっちの味方なんだ、と想いつつ、ニュルンルンの全身が光をあげる。
「このお尻をうけたのが、私で、よかった」
虹色の光とともに、ニュルンルンは爆発し、ナイトプールの水を盛大に溢れさせるのだった。
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