第29話 リコ声優復帰! 俺もまた躍進していく。


 俺の躍進もすさまじかったが、リコもまた前に進んでいた。


 俺の動画がバズったことでリコへのオファーが何故か殺到するようになったのだ。


 その日俺は、リコの部屋に来ている。


 小さなマンションの3階だった。

 以外と慎ましい生活している。


「今日は部屋で配信するよ」


 適当にいちゃった後、リコが動画を撮り始めた。


「鬼神さんはじっとしててね!」

「……適当にその辺をぶらついてくるよ」


「助かる~。配信者仲間だからね」

「いや。君は俺にとって配信の先輩だ。仲間っていうにはほど遠い」


「謙虚でよろしい。だから好き」


 面と向かって好きと言われたことなんかなかったので、俺はどう応えて良いかわからない。


「……ッ。ちゃんと仕事しろよ」

「はいはい。また後でね~」


 俺は外に出て、葉巻を吸う。これは迷宮でゲットした葉巻だ。


「煙が染みるぜ」


 葉巻を咥えながら、俺はスマホでリコドラチャンネルをみる。



『はいリコドラです! 今回は皆さんに大事なお知らせがあります。なんと声優として復帰することになりました~! パチパチパチ! 声優って書いてるのは肩書きだけで実は声優の仕事があんまりなかったんだよねえ。でも今回は……。エロゲの仕事を頂きました! 拍手~~!! がんばります!』


 予め聞かされていたが、誇らしいことだ。


 若いときなら、彼女がエロゲー声優ならビビっていただろうが、今はむしろ誇らしい。


 コメントは賛否両論のようだった。



『リコもエロゲさんか』

『時代遅れ乙』


『エロゲは文化だぞ?』

『普通に声優として番組にもでてるから』


『おめでとうリコちん! 絶対買います』

『神復活の瞬間』



 とはいえ、そこまで燃えはしなかったようである。

 後日、俺はDLサイトでエロゲをダウンロードした。


 タイトルは『姫騎士様、迷宮最深部で番人に捕らわれる ~く、殺せ! お前は本当に最低のクズだな!』である。


 リコの出演したエロゲーは圧倒的臨場感からか、口コミが広がり爆売れをした。



『ヒロインがやばい』

『演技でここまでできるの?』


『声優の演技がマジでやばい』

『演技ってレベルじゃない。ガチ』


『脳をやられました。一生ついていきます』

『リコのおかげで産まれ直しました』



 リコの代表作は増えていった。

 俺は彼女の部屋でちょくちょく悩みを聞くようになる。


「これじゃあ動画配信がおろそかになっちゃうよ」

「迷宮配信じゃなくて、声優のレコ配信でいいんじゃないか?」


 俺とリコはパスタを食べながら、仕事の話を煮詰めていた。


「お、それいいね。配信わかってくれる旦那がいると、嬉しいね」

「まだ、旦那なわけじゃないだろ」


「もしかして浮気?」

「逆だ。本当に、俺でいいのか?」


「自信ないと魅力半減だよ~? 迷宮の神殿のときの鬼神さんは、漢らしくってよかったけどなあ」

「あれは迷宮の中で闘ってたからでだな……」


 パスタを啜りながらリコはジト目になる。


「普通は闘ってるときはビビっちゃうでしょうに。でもそういうとこも、好きだけどね。エロゲにも理解あるし」

「むしろラッキーだろ。エロゲ声優が彼女なんて」


「背徳感?」

「征服感だ」


「ふっふ。その調子その調子」


 いつもドキドキしてしまう。

 リコとの年の差は15歳ほどもあるから、常に不安があったけど。


 日々の積み重ねが、やがて安心に変わっていく。


 リコはエロゲのシナリオパートのレコ映像まで配信を始めた。

 リコのチャンネル内容にも幅が生まれたようだ。


 ある日、リコの部屋に入り浸っていると、ぽつりと漏らした。


「ずっと燻ってたけどさ。私、声優の道が開けた気がするよ。もう迷宮配信なんて危険なこと、しなくてもいいのかもしれない」


「……聞いて良いか?」

「どうぞ」


「なんで迷宮探索者になった」


「お金が必要だったからかなあ。迷宮探索でモンスターを駆除すれば補助金がでるから。マナで強化すれば、死ぬこともあまりないからね」


「お金ってのは?」


「……鬼神さんになら、言っても良いかなあ。引かないでくれる?」

「どうぞ」


「お母さんが難病で入院していてね……。ベタでしょ?」


 リコの母親は、迷宮から現世への環境汚染によって、呼吸器障害となり入院へ至ったらしい。


 迷宮探索者配信を仕事にしようと思ったのは、迷宮魔獣を殺せる職業……、つまり『母の病気の原因に対する報復』もあったようだ。



「常に人口呼吸器が外せないんだ。でも誰にも相談できなかった。人に話すと『コスパ悪いから』って理由で敬遠されるし。彼氏ができそうになったこともあったんだけどね。大事なことを話すと、煙たがれたから……」


「おい。お見舞い、行くぞ」

「え?」


「呼吸器ってことは無菌室か?」

「うん……。難しいよ?」


「君のいうことに従う。難病なら、難病の奴に合わせなきゃいけない。死んじまうからな」


「鬼神さんって。怖いんだか優しいんだかわかんないね」


 リコはへにゃりと泣きそうになっていた。

 泣きそうになってから、すぐに笑顔に戻る。


 俺にはどういうことか、わからない。


「何か、まずいことを言ったか?」

「ううん。嬉しかっただけ。面倒くさがらない人も、引かない人も始めてだもん」


「日程を決めよう」


 一週間後、リコの母親のお見舞いに言った。 リコのお母さんは呼吸器をつけて、ベッドに横たわっていたが、俺を見やると会釈をしたので俺も会釈を返した。


「娘を助けてくれて、ありがとうございます。ごほ!ご補!」

「いえ。俺としては当然のことです。彼女と出会えて嬉しくもありました」


「動画拝見させて貰ってます。実は入院の身の、楽しみでもあるんですよ」


 俺たちの活動はお母さんの励みでもあったようだ。


 もしかしたらリコの母親だけでなく、知らない誰かの励みになっているのかもしれない。



 医師の話を聞くと迷宮からの瘴気への耐性がないという。


「瘴気を吸収するジェムがあればよかったのですが」


 と医師がいっていたので、俺はジェムを取り出した。


「瘴気を吸収するかはわかりませんが、このジェムならどうでしょう?」

「こ、これは!〈エプソムジェム〉!」


 俺の取り出したジェムは〈エプソムジェム〉らしい。うろ覚えだったが、なんでも砕いて粉末にすると薬の材料になるとか。


 まさか適当に出したものが合うとはな。

 医師は興奮して、俺に感謝した。


「薬局に問い合わせて〈調合〉に入らせてもらいます。貴重なジェムですよ。もし在庫があるなら送ってもらえれば」

「わかりました」

「ありがとうございます。ここでも神が発動しましたね」


 医師は俺の動画をみてくれていたようだ。

 頭をさげるのはこちらの方だ。


 後日俺はエプソムジェムを薬局に送り、調合してもらった。

 リコの母親の具合は急激によくなり、人工呼吸器を手放せるようになった。


 素顔になったお母さんにさらに感謝されてしまった。


「なんとお礼をいったらいいのか……」

「いえ。迷宮深層で拾ったジェムが偶然あっただけです。俺はできることをしたまでで……」


 リコが俺をつつく。


「もう逃げられないね」

「俺は俺で動画の稼ぎをしなきゃなんだよなぁ」


「大丈夫だよ。そろそろ役所の申請が降りるはずだから。この紙、役所に提出してね」

「この紙は……?」


「鬼神さんはフリーランスの方がいける人だからさ」

「どういうことだ?」


 リコはリコで俺のために動いてくれたようだ。


「鬼神さんはいままでブラック会社に天引きされてたけどさ。モンスター討伐の報償とか税金とかをやりくりしたらね。鬼神さんの取り分がすごいことになったの」


 俺は税金などの計算が苦手だったが、リコの言う通りに役所に申請するとすさまじい収入となった。


【モンスター討伐報奨金300万エン】


 俺の月収は300万となったのだ。


 とんとん拍子で進んで怖いくらいだったが、35歳にして人生が軌道に乗り始めていた。



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