第9話 俺の執念


 この〈果てなる水晶の迷宮〉には都市伝説があったらしい。


「ごく一部で噂になっていただけですけど……」


 潰れた会社はそんなこと一言も言わなかったが、それだけ曰くつきの迷宮だったのだろう。

 確かに迷宮の環境は過酷だったし、死人もいっぱいでたからな。

 

 俺は都市伝説の迷宮をひとりで、何ヶ月も潜っていたわけだ。

 せっかくなので事情をかいつまんで話してみることにした。


「俺がここに来たのは、左遷されたからだ。そんで左遷先の会社がこの迷宮を開拓しようとしていた。すぐに会社は潰れちまって食いっぱぐれたがな」

「そんな事情が……」


「会社が潰れて今は就活中だ。まあ落ちまくっているんだが……。その空いた時間に俺は、肉と意地のためにこの迷宮に潜っていた」

「ひ、ひとりで、ですか?」


「会社の仲間とは中層まで来たがな。確か39階だったか。残りの階層は俺ひとりだ」

「嘘、でしょ?! だってここは……。都市伝説の上ではSSランク迷宮で、人が踏み入れてはいけないとされる未開の地なんですよ!」


 俺は絶句した。


「どこで知った?」

「……公には公開されていません。私だって一山あてようとツテを聞いてきただけだから」

「なるほどな」


 確かに潰れた会社はこの迷宮の説明に際して、秘匿的だった。

 おそらく危険度SSランクを隠して、従業員を使い潰し、利益を得ようとしていたのだろう。


 俺は迷宮で死んだ同僚を思い出す。

 会社が潰れた理由は、迷宮探索であまりに人が死にすぎるからだったが、なんのことはない。


 始めから、人が死にまくる難易度の迷宮だったのだ。


 その情報が公開されていなかった。

 リコもまた業界のツテで知ったというのだから、この〈果てなる水晶の迷宮〉は、本当に未開の開拓地だったのだろう。


「『大変だったんですね』。あの……名前は?」

「鬼神」

「え? 鬼?」


「鬼神透龍〈おにがみ とおる〉だ。あと同情はいらない。お前と一緒にするな」

「そんなつもりは……」


 輝竜リコはびくりと肩を震わせた。

 軽い同情を受けて、俺はだんだん怒りが湧いてくる。


「あんたは声優でインフルエンサーで。恵まれているんだろう? そんな奴に同情なんかされたくない」


 俺は憧れていた鬼竜リコを前に、何故か怒っていた。

 普段なら、いうべきことをぐっと堪えるが、今の俺は我慢ができない。


 どうせここは迷宮。

 30階層以上は、〈深層〉とされる。


 ましてや現在地は53階だ。

 配信を切れば、俺と彼女以外は人はいない。


 誰もみていない。


 リコは黙るかと思いきや、引かなかった。


「でも会社が潰れたなら……。大変だって思いますよ」


 さらに怒りが湧きあがってくる。

 彼女は純粋な優しさで、俺に接しているつもりなのだろう。


 だが、『大変だったと思いますよ』だ?

 舐めやがって。


 怒りがマグマになった。

 声優インフルエンサーだからといって容赦はしない。


「お前さ。舐めてるのか?」

「え……?」


『言葉ひとつ』で済ませようとしやがって。

 頭ではわかっている。

 社交辞令なんだって。


 だが、わかっちゃいない。自動機械みたいな『言葉ひとつ』で『俺たちの苦しみ』を流そうとしやがって。


 俺はリコに近づく。肩を掴み、神殿の壁に押しやった。


「ちょ、痛……」

「俺はお前の命を救った。ここでは口を慎んでもらう」

「やめて、やめてください!」


 そうだ。ここは現実社会じゃない。

 感情を抑圧する必要も無い。


 怒りが燃えたぎっている。

 彼女にぶつけるのは筋違いだとわかっているが、下手な発言が命を縮めることはわからせてやらなければならない。


「うう。離して。離してよ!」


 リコが怒りをみせた。

 そうだ。彼女の本性には野生がある。

 リコドラチャンネルの配信では「うぇーい爆狩り!」と言いながら魔獣を狩っていた。


「離せよ、おっさん!」


 リコはメスガキめいた睨みを利かせる。

 だが今の俺にしてみれば火に油を注ぐようなものだ。

 地面に組み敷いて、押さえつける。


「ぐぅ……。助けて貰ってたからおとなしくしてたけど。こんなことして、わかってるんでしょうね!」


 強気で威圧してくる。

 本性がでてきたようだ。

 俺は若い頃はひ弱だったが、もう歳を重ねてしまった。


 ろくな青春もなく、歳を重ねたんだ。

 怖いものなんか何もない。


「うるせーな」


 俺は最低限、暴力はふるわない。

 腐っても、彼女のファンだったからだ。

 犯したい心と、ファンの心がせめぎ合っていた。


「離してってば!」

「……いやだね。お前は俺を怒らせた。軽い気持ちでこの迷宮に入ったんだろうが、『何人同僚が死んだと思っている』?」

「あ……」


 俺がここに潜り続けたのは肉のためだけじゃなかった。

 自分の意地でもあり、会社に使い潰されて死んでいった同僚に対する意地でもあったのだ。


「お前にはわかんねえよ。『大変だったね』で済ませられることじゃないんだよ」


 リコは何かに気づいたように、眼を見開く。


「あ、あの、私。事情なんてわからなくて……。ごめんなさい」


 メスガキめいたと思いきや殊勝になる。

 だが俺は止まらない。


「謝ってもダメだ」


 リコをおさえつけたまま、睨み合う。


「いや。や……」


 俺は彼女の服を脱がせる。

 形のいい膨らみが、襟元から覗いた。


「あぁ……」


 だが、途中で服を脱がす手が止まる。


(くそ……)


 彼女のファンだったのに。

 なんで俺は犯そうとしているんだ?


 画面の向こうで天真爛漫に振る舞う彼女が好きだった。

 同じ迷宮探索者として、魔獣狩りにでかける彼女が輝いて見えていた。


 だが嫉妬もあった。

 どうして彼女に人気があって、俺にはないのだろう?

 やっていることは同じなのに……。



(いい人ぶって。何になる? 他人のことを引き受けて何になる? 嫌なことばかり押しつけられて、その末路が今じゃないか!)



 俺は考えないことにする。

 そのとき携帯から声が聞こえた。


『だ、だめだめだめ、だめですよぅ!』


 ポンコツ炉心AI白樺メルルがホログラムとなってでてきていた。


『透龍は今、犯そうとしていま……』


 ポンコツAIがまた壊れたようだ。俺はアプリをシャットダウンする。


『だめ、だめだめ……。ぷぎゃ……』


 邪魔者はいなくなった。


「いい、ですよ」


 あとは輝竜リコを黙らせて犯すだけ……。


「もう一度言う。お前の命を助けたのは俺だ。山羊鬼を倒したのも肉を食わせたのも」


「はい。わかってます。その代わり、ちゃんと謝らせてください」

「なんだと?」

「遅れてわかったんです。亡くなった同僚や、この迷宮で起きた苦労のこと……。

『大変でしたね』なんて。つまらない一言で済ませて、ごめんなさい」


 俺は意表を突かれた。

 だからなんだというんだ?

 犯すことには変わりは無い。

 俺はリコの服に手をかけた。


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