第3談
色事に興味があるのは、育った環境のせいかと言われれば、それは違うと
自分の両親が見目整って産まれた
5歳で【嫦娥の盃】に身売りされて、ダメだと言われなかったから仕事に耽る女達を見て回り、これは良いところに来れたと喜んだ。
【嫦娥の盃】は高級妓楼だ。相手にも格を求めるし、こちらにも一流を求められる。勉学は苦ではない。歌も、踊りも好きだ。誰に教わるわけでもなく知っていた荒事はもっと好きだ。いつだって身体が勝手に動く。どうすれば相手を淘汰できるか、どうすれば一歩踏みこんだ動きができるかなんて、教わらなくても分かる。とかく人間の動きは遅い。瞬きしている間に全てが終わってしまう。
全てを簡単にこなせる中で、唯一興味が持てたもの。それを職業にできる自分は幸せかもしれない。
そんなことを思いながら寝たせいだろうか、暗闇の中、目が覚めた。
「あれ?なんでみんな寝てるんだ?」
ここは妓楼……夜に稼ぐところだ。それは見習い妓女たちも変わらない。お酒を運んだり、食事を運んだり、雑用は多岐に渡る。
「しかも……静かすぎないか?」
しんっとした空気が重たく感じる。
名店【嫦娥の盃】は繁華街の中心にある。夜であっても昼であっても、周囲は騒がしい。それこそ昼間の騒ぎが日常茶飯事位には。
起き上がると自分の体の上の乗っていた女の子がずるりと床に落ちた。
まだここに来たばかりのこの子は、人恋しいのか良く
「おい!おい、起きろ!」
頬を軽くピシャリと打っても起きる気配がない。隣の女の子の頬も打つが起きる気配がない。
「そもそも……いつ寝たんだ?」
それすら記憶にない。
頭に触れるとお団子頭のままだ。髪を解かずに寝るなんて今までなかった。
懐を探ると、銀貨が5枚出てきた。
「5枚?」
1枚は仮母から、4枚は
あれは昼前のこと。そしてそのまま部屋に戻ろうとして…………。
「……記憶がない?」
更に静寂すぎる世界で自分の粗い呼吸だけが響く。吸って吐くだけ、いつもしている呼吸すらどうやってしていたか思い出さない。思い出せなくなる。
気怠い身体に鞭打つように立ち上がる。頭の働きが悪い。両手足に
だが扉はあっさりと開いた。1歩2歩と歩いて、回廊に出ると誰もいないことに気がつく。回廊の先には、違和感のある闇夜。
濃紺色の空。金色の満月。薄紅色の雲。
耳の奥でキンと音がするような静寂に相応しい、怪しいまでの夜空。明るすぎる満月で星の瞬きすら見えない。
だが星がないことよりも、濃紺の闇夜よりも違和感があるのは、
回廊の先に見える月は、夜空を支配するように大きく、真昼の太陽よりも明るく輝いている。にも関わらず、闇と静寂をもたらしている。
「意味が……分からない……」
なぜか漏れる笑いを止める術はない。震える身体を止める気もない。
柱と柱の間にある華奢な柵に手をかけ、身を乗り出し、上を見る。
「……いた」
武者震いにも似た震えを自覚しながら目を見開くと、屋根に揺らめく人の姿が見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます