第17話・集団

 セラがFDを走らせ、しばらく走った後にたどり着いたのは、山奥の廃教会だった。キリスト教の十字が屋根から生えた、西洋のそれをまねた建物だったが、割れた窓の枠にツタが絡みつき、石造りの壁面にはいたるところにひびが入っている。


 たどり着いたのがすでに十時を少し回った頃だったこともあり、かなり不気味な雰囲気が漂っていた。夜の肝試しの舞台として申し分ない建物。心霊スポットだと十人に嘘をつけば、八人はなんの疑いもなく信じてくれるだろう。残りの二人はひねくれものか、霊感のある者のどちらかだ。


 セラはFDのエンジンを止め、ボンネットからせり上がるリトラクタブルヘッドライトを畳んだ。辺りに真っ暗な闇が落ち、視界がほぼゼロになる。ドアを開け、車から降りて、彼女は暗闇に包まれたまま、そこで一つ深呼吸をした。


「よしッ」


 ぴしゃりと両手で頬を叩き、彼女は左の手に魔法陣を展開した。そこに右腕を突っ込み、使い慣れた彼女の得物、例の水晶体の付いた杖を取り出す。



 セラが一言そう唱えると、杖の先についた水晶体がボウッと淡く光り、暗闇を照らした。まるで松脂で燃える炎の様に揺れる明かりだったが、行く先を照らすのには十分な明るさだ。


 その明かりで行く先を照らしながら、彼女は両サイドが草で覆われた砂利道を進む。砂利道の中央、そこだけ明らかに地面が固くなっていて、雑草が薄い。どうやらよく人が通るようだ。


 しばらく闇の中を進むと、水晶の放つ淡い光が古ぼけた木製のドアを照らした。木のツタが何本も絡まっていて、ドア枠と接する上の部分はすでに表面の木が朽ち落ちている。セラがドアノブに手を伸ばし、さび付いたそれをガチャリと回すと、木屑がぽろぽろと落ちて来た。


「うえぇ」


 彼女は思わず声を漏らす。一つ息を付き、意を決してドアを押し、中へ入った。


 入ろうと思えば、すぐ隣の窓からも入ることができた。打ち込まれているはずのガラスは無く、窓枠から伸びるそれらの残骸も、気を付けていれば手足を切るような鋭さは無い。


 しかし、彼女は正面玄関から教会に押し入った。そうするだけの理由があったからだ。


 ドアを開き、朽ち果てた教会内部に足を踏み入れた瞬間、胸のあたりで、プチンと何か紐の様なモノを切るような感覚があった。その途端、セラは、自分が立てた予想が当たっていることを確信する。


「……やはり、お前らか」


 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながら、彼女は目の前に広がる廃墟の光景へ向けて唸るように言った。


「左様。いやはや、お久しぶりで、サラ様」


 どこからともなく響いてきた声が、廃教会を木霊する。苛立たし気に歯をむき出しにして、セラは答えた。


「出来ることなら、二度と会いたくなかったんだがな」

「ご冗談を。我々と貴方は、協力するか敵対するか、二つに一つしかないのですよ」


 フフフと不敵な笑い声を交えながら響いてくるその声の主が、闇の中から姿を現す。黒いローブを身に着け、フードを目深に被った白い長髪の男だった。肌はアルビノを思わせるほどの白さで、生気というものがまるで感じられない。


「エンデヴァー、お前は一体、何をするつもりなんだ」


 気味の悪いその男をまっすぐと見据え、セラの声が怒気に震える。エンデヴァーと呼ばれたその男が、怒る彼女をあざ笑うように口角を歪め、言った。


「それをお答えするわけにはいきません」


 ふらりと吹いたそよ風が、エンデヴァーのフードを揺らした。奥に覗く彼の瞳が狂気に歪んでいるのは、恐らく対面しているのがセラでなくともわかっただろう。


「もっとも、我々と共に行動を共にするおつもりなら、話は別ですが」


 彼が「念のため」といった様子で言うと、セラは怒りを引っ込めないまま鼻で笑い、右手に持った杖をエンデヴァーの方へ突き出す。


「冗談が下手になったな、エンデヴァー」


 フン、と息を付き、エンデヴァーは右手を掲げた。


「私は、本気のつもりでしたがね」


 そう呟くと、彼はパチンと指を打ち鳴らす。その瞬間、セラを取り囲むようにして、黒いローブを着た者たちが、間隔を開けて教会の中に突如として出現した。


「馬鹿な! 気配すら感じなかったぞ!?」

「貴方が何百年と生きているうちに、我々も精進いたしましてね」


 そう言いながら、エンデヴァーは後ろへ二、三歩下がり、セラから距離を取る。


「あなた方に気取られぬように姿を消すことなど、もはや造作もない事なのですよ」


 エンデヴァーが右手をセラの方へ突き出す。セラも負けじと杖を彼の方へ向け、呪文を唱えようとするが、彼の方が早かった。



 彼がそう発したのを合図に、セラを包囲する黒ローブの連中も同じ呪文を発した。途端、彼らの指先から白い球体が現れ、それらが一斉にセラへと襲い掛かる。


 セラは咄嗟に後ろへ飛び退き、四方八方から飛来するその呪文を一旦回避した。真正面から飛んでくるエンデヴァーの一撃を杖で払い落とし、杖の先のを彼の方へ向け、高らかに呪文を響かせる。


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