280. 特攻

「クレスト殿下、あちらを」

「……マジか。まさか本当にカティヌールが攻めてくるとはな」


 俺達は今、南の辺境伯領都からさらに南、王国最南端の砦に陣取っている。

 前には大きな山脈が横たわっており、その麓にカティヌール軍が陣を構えているのが見えた。あの軍旗、カティヌール王国で間違いない。

 あの妖精が急かすから初夏から晩夏にかけて大急ぎで移動してきたが、本当にギリギリだったな。


「いやはや、流石は東の防衛戦で名高いクレスト殿下。我々が勘づく前にカティヌールの進軍を予想されておられたとは。この結界があれば奴らも攻められぬでしょう」


 南の辺境伯であるアーザラス殿が横にでかい筋肉質な体を揺らして笑顔でそう発言する。

 南は戦争の影響こそ少なかったものの、山からの山賊や魔物を日頃から相手にしているらしく小規模戦の経験は高いそうだ。そのためかアーザラス殿も多少でっぷりとしているものの体格が良い。

 ただ、大規模戦となると慣れていないようで多少心配は残る。それでもまぁ、おそらく問題はないだろうが。


 隣国の軍が目前に迫っているというのに周りの兵達もそれほど緊迫した雰囲気ではない。

 それと言うのも、砦全体をエフィリス殿の結界で覆っているからだ。数百年もの間1度も破られたことのない聖王国の堅固な結界と同じモノだと聞いて、安心しない者などいないだろう。

 砦を攻めるには結界をなんとかしなければならないのに、その結界を展開しているエフィリス殿は砦最奥で守られているのだから。


 この結界は妖精が用意した腕輪の力で張っているという。腕輪に嵌まっているのは小さな小さな光の玉だった。俺の親指の爪程しかない。それでも砦全体をまるまる結界で覆えるのだから凄いものだ。


 さらに、妖精ポーションもたんまり持ってきた。たとえ結界を抜けて攻め込まれたとしても、妖精ポーションがあれば即死しない限り問題ない。敵からすればこんなに理不尽なことはないだろう。



 アーザラス殿はここ最近は不満を溜め込んでいたらしい。

 南の地では妖精の恩恵も少なく、去年の偽スタンピード時も扱いは良くなかったと認識されているのだ。

 しかし今回王家が南の防衛に駆け付けたことで、ある程度機嫌をなおせたらしい。

 まぁ、俺の装備には不満があるようなのだが。妖精製装備は見た目重視で実戦用ではないように見えるからな。多少でも実戦経験があれば、この見た目で性能も抜群だなどと思えんよな。



「しかし、何か様子が変ではありませんか?」


 エレット嬢がそう言う。

 今回の主要なメンバーは妖精から指定された俺とエフィリス殿、北から戻ってきた王城騎士達、そして南の辺境伯アーザラス軍、さらに同行してくれた西の辺境伯令嬢であるエレット嬢と西の辺境伯ウェスファー軍だ。


「敵陣で戦闘が起きてるようだな。小規模で奇襲でもしたのか?」


「いえ、そのようなことは……。確かに戦闘が起きてるようですが……」


「仲間割れでしょうか?」


 国攻めの軍ともなれば複数貴族からなる連合軍とならざるを得ない。そうなると意見の合わない貴族が離反するなんてこともあるにはあるのだが、山越えまでして仲間内で戦闘するか? 敵の目の前だぞ?

 こちらの結界に絶望したからという理由も考えられなくはないが、仲間割れ中に諸共討たれるとか考えないのか?



「――敵襲ッ! 数1!」

「なんだと!?」


 見張り塔からの声に周りがざわつく。

 国同士の戦の城攻めで1人だけ突っ込んでくるなんてあるのか?


「あっ! あそこに!」


 よく見ると何かが異常な速度でこちらに向かってくるのが見える。なんだあれは? ハンマーか? あれは……、神域の民か!

 小さい人物がその背丈に見合わない大きなハンマーを担いで突っ込んでくる。ティレスを襲った神域の民が河に流され1人行方不明だと聞いていたが、まさかカティヌール軍と合流していたとは。


 王都で捕らえた神域の民が言うには、ティレスを襲った理由はエネルギアの男にけしかけられたからだった。そのエネルギアの男はカティヌールに居たと言う。つまり、今回のカティヌール進軍もエネルギアが関わっている? エネルギアにはそろそろうんざりしてきたぞ……。


 南の辺境伯アーザラス軍が配置に就いているものの、王都軍と西の辺境伯ウェスファー軍は到着したばかりで大部分は休憩を取らせている。

 とは言え結界があるのだから心配することもないだろう。しかしその思いは次の瞬間に覆される。


 ――ドーン!

 バリン


 人間とは思えない速度で走ってきた神域の民は、速度そのままに左手を突き出した姿勢で飛び上がり結界にハンマーを打ち付けたのだ。地震かと思う程の振動と共に何かが割れたような音が小さく鳴った。


「結界内に侵入されました!」


「おいおい……、マジかよ」

 結界は消えてはいないものの穴が空いていた。簡易版とは言え伝説にもなっている聖王国の結界だぞ? 神域の民というのはそれ程までに無茶苦茶なのか?


 兵達が混乱する前に角笛の音が迎え討てと指示を出す。この状況の中ではこの上ない素晴らしい指揮だ。

 しかし相手が普通じゃない。神域の民は大きくジャンプしたかと思うと一気に南の辺境伯アーザラス軍を飛び越え塁壁の上の俺達に向けて跳んできた。咄嗟に光の妖精剣を振り光の斬撃で撃ち落とそうとしたが、俺が出した光の斬撃は奴の前で不自然に消えた。そして塁壁の上、俺達と少し離れた場所に着地される。エレット嬢の悲鳴が小さく聞こえた。


 しかし一瞬目があったが奴の目線はすぐに砦内部へ向けられた。

 馬鹿な。狙いは俺達じゃないのか? それとも敵の将が誰なのか認識していない? いや……、狙いは結界を展開しているエフィリス殿か!?


 このままコイツを行かせてしまえば最悪の展開になる。何もしないよりはマシかともう1度光の妖精剣を振るうと、相手は左手を突き出してきた。そして光の斬撃が消える。

 なるほど、斬撃を消したのは左手に持った魔道具か。ならば数を撃てば奴も好きには動けまい! 外れた斬撃で砦のあちこちに斬り傷が入るが気になどしていられない。



「結界の穴は塞がれました! しかし追加で100人程突っ込んできます!」


 マズいな。

 奴が結界にハンマーを打ち付ける直前も左手を突き出していた。あの魔道具はエネルギアで見つかった魔力吸収の魔道具だ。魔力を吸収して結界を弱体化したのだろう。そうなると神域の民以外の人間でも結界を抜けられる可能性が高い。


 一瞬考え事をしていた隙を突いて、奴が俺にハンマーを打ち付けてきた。

 速い! が、妖精バカの槍よりは避けやすいなッ! 脈絡もなく床から突き出てくる槍と比べるとハンマーの大振りモーションは読み易いぞ。

 しかし相手も仕留める気はなかったのだろう。回避で体勢が崩れた瞬間にそのまま逃がしてしまった。



「アーザラス殿! ここは任せる! 俺はアイツを追う!」

「ハッ!」


 正直追いつける気など全くしないのだが、それでも追わなければならない。

 エフィリス殿が結界を展開している砦最奥に向かう道すがら、倒れた兵を何人も見かけた。エフィリス殿がられるという最悪の展開を予想しながら、ようやく最奥に到達して見た光景は……。


 神域の民が鳥の群に群がられている様子だった。


 なるほど、妖精がエフィリス殿に群がらせていた鳥達か。糞害を撒き散らすだけじゃなかったんだな……。

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