236. 待機

 多少のいざこざはあったが、予定通り聖王国と交渉できそうだ。私は交渉くらいでしか役に立てそうにないからね。ようやく王太子として貢献できそうだよ。


 皆には安心させるために、聖王国との交渉は圧倒的に王国が有利で心配することなどないと言ったのだけれども、実際はそれほど楽観できる状況ではない。聖王国からすれば我々から光の玉を奪ってしまえば、それで問題が全て解決するのだから。


 当然、そんなことになれば王国は聖王国と敵対することになり、聖王国からすれば大きなリスクとなる。既に隣接する2国から侵攻されている状況で、さらに1国敵側にまわるのだから。

 しかし奪われた光の玉で結界を張られてしまえば、妖精様の力を以ってしても王国からの干渉が難しくなる可能性が高い。

 まったく、聖王国に対する悪意を全てシャットアウトする結界だなんて規格外も良いところだよ。


 本来なら転移の魔道具に魔力を込めてからくる予定だった。しかし転移の魔道具を置いてきてしまったのだから、もし襲われたとしても転移での逃亡はできない。

 しかも人の命を消費せずに転移の魔道具に魔力を充填できるのは、今のところ妖精様に保持魔力量を強化されたエフィリスとティレスのみ。その2人共が聖王国こちらに来てしまっているため、今の王国には転移の魔道具に魔力を込められる者がいない。そのため転移での増援も期待できないときている。

 戦闘なんて起こらないと願っているよ、本当に。




 さて、聖王国側が会談の準備をするということで一時解散となった。どうやら我々は会談が始まるまで貴賓室で待機となるようだね。エフィリスは尿意を我慢していたようでこの場から離れて行った。妖精様もいつの間にか不在となっている。妖精様のことだから、おそらく何かお考えがおありなのだろう。


「それでは、こちらの玉は検品のため1度こちらで回収させて頂く」

 聖王国の騎士が光の玉を取り囲みそう言い出した。しかしそれを許す訳にはいかない。


「すまないが、それは許容できない。信用していない訳ではないが、検品中に偽物とすり替えられる可能性もなくはないからな」


「なんと! 我々を愚弄されるのか!?」


「そうではない。この光の玉が今回の主題なのだ。これをそちらに譲渡するための条件を決める前に、これをそちらに預ける訳などないだろう?」


 相手を逆なでしないよう表情を崩さず答える。しかし、もし本当にすり替えるつもりならこちらの態度など関係ないだろうな。多少強引でも持っていこうとするだろう。さて、どう出る?


「しかし此度の会談、我が聖王国の要人も出席されるご予定なのだ。そのような重要な場に詳細も分からぬ怪しいモノを持ち込めぬという事情、ご理解頂きたい」


「知らん。この場で光の玉を回収すると言うのなら我々は帰らせてもらおう。交渉したいのなら正式にそちらへ譲渡するまで、光の玉は常に我々の目の届く場所に置いておくことだ。まずは我々の待機場所まで運んでもらおうか」


「ふん……、ならば」


 直立していた騎士達が足を広げ動きやすい体勢をとる。まさかこのタイミングで仕掛けてくる気か?

 まだこの光の玉が本物か確証を持てていない筈。もし我々と敵対するなら本物だと確信してからだと思っていたが、敵対後にこの光の玉が偽物だった場合のことを考えていないのか?


 ――そのとき、不思議なことが起こった。


 視界を埋め尽くすほどの、それでいて優しい光が駆け抜けたのだ。光は一瞬で通り過ぎたが、騎士達には隠しきれない影響が出ているようだ。光が通り過ぎた後何故か全員が戸惑い始めた。


「ぅ……? ぇ……?」

「どうした。早くこの玉を運んでもらおうか。ああそれから、ついでに帝国第2皇子そちらの男も運んでくれ」

「は……、はッ! 承知しました!」


 ふむ、どうしたんだ? 急に素直になったように感じる。

 まさか……、聖女の洗脳が解けた?


 教会の者はすでに大部分が聖女に洗脳されていると、先に潜入した冒険者と先々代聖女クルスリーデ殿から情報を得ている。あの冒険者が先々代聖女クルスリーデ殿を連れて王国に戻ってから2日しか経っていないが、先々代聖女クルスリーデ殿を確保した日から数えると5日が経過している。たかが5日、その5日間の内に騎士団も洗脳されていたということか。


 そして、先程の不思議な光を浴びた者の洗脳が解けたのだろう。間違いなく妖精様の御業だ。流石妖精様。洗脳を解くための妖精茶を持参できなかった懸念がこれで一気に晴れた。会談前に洗脳を解けたのは僥倖だ。気になるのは、あの光の効果範囲がどの程度なのか、だな。



 その後問題なく貴賓室に通された。しかし待たされる時間が長い。エフィリスも既に戻ってきている。

 こちらを不当に長時間待たせることで自分達の立場が上だと主張したいのかもしれないが、今回に限っては本当に準備に手間取っているのかもしれないと思われる。

 聖王国にとっては状況の遷移が突飛過ぎることだろう。突然ドラゴンが飛来して光の玉があると言われ、聖女により蔓延っていた洗脳が解かれた。聖王国にとって色々と想定外の事態なのは間違いない。


「ふふ、お母様。その手は悪手ですよ?」


 あまりにも待機時間が長いため、皆はボードゲームを始めてしまった。何故か妖精様がボードゲームを持ち込んでいたのだ。先程まではティレスとエフィリスが対戦していたが、今はエフィリスと先々代聖女クルスリーデ殿が対戦されている。


「あら、負けてしまいましたね。なかなか奥深いゲームです」


 ……さて、どうなることやら。

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