206. お酒マン
うう、見られてる。めっちゃ見られてるよぅ!
朝から妖精様がずーっと私を見てる。あれで隠れてるつもりなのかな、光ってるから気になってしょうがないよ……。
妖精様が冒険者ギルドに来るのは割と頻繁にあるんだけど、いつもはだいたい1階の併設酒場にしか来ないんだよね。なのに今日は唐突にギルマス部屋にやってきた。その上デスクの端に小さい机と椅子を作ってしばらく居座られたんだよね。そう言えば妖精様が会議室に作った小さい椅子もそのままだなぁ。
妖精様がギルマス部屋とか会議室とかに来たときって、たいてい大事の前触れなんだ。今度は何が起こるって言うの?
前に妖精様が会議室に来たときは、そのままスタンピード騒動からの帝国軍王城襲撃だった。その次はドラゴン襲来からの突然の戦勝お祭り騒ぎだったんだよ。
妖精様が来たときお酒お酒ってお酒を連呼してたけど、ただ単にお酒が飲みたかったなんてワケないよね。欲しければ王城でもらえそうなもんだし、そうじゃなくてもその辺の屋台でたかれば絶対もらえるハズだよ。だって妖精様が何か食べた屋台はその後数日は大人気になるんだもん。そりゃ屋台の人も喜んで妖精様に献上するよね。
もしかしたら近々お酒にまつわる騒動が起こるのかもしれない。お酒にまつわる騒動ってなんだろ? 酔っ払いの大群でも襲ってくるのかな。
ギルマスは本部に行ったまま、先に雪が積もっちゃったから結局まだ帰ってこれてない。ギルマスが帰ってくるのは早くて冬の終わり、遅かったら春のガルム期が終わった後になっちゃうだろうなぁ。
前ギルマスもエネルギアの調査隊に付いていったまま音沙汰ないし、いつ帰ってくるのかも分からない。同じくスタンピードのときに頼りになった魔術師団長様も今はエネルギアだ。
やだなぁ、何かあったら今度こそ私1人で対策しなくちゃダメになるよぉ。
「それで緊急会議ですか? どうして私を?」
「いやー、だって先輩、スタンピードもドラゴン襲撃も難民の子の子守も臭い王子のお相手も、肝心なことは結局何1つやってくれなかったじゃないですかぁ」
先輩が腰に手を当てて仁王立ちで睨んでくる。今って私の方が立場上じゃなかったっけ? 怖いんだけど。でもギルマスが居ない今、今度こそ絶対絶対ぜーったい逃がさないよ。
「……とりあえず話は聞きましょう。何が起こると予想しているのです?」
「えー、分からないから会議なんですよぉ」
分からないから呼んだっていうのに、ちょっとは一緒に考えて欲しいよね。
「ダスターさんはどう思います?」
「ぁぁ……、うん、分からない」
「ですよねぇ」
分かってた。ダスターさんはあんまりアテにしてないよ。だっていつもほとんどしゃべんないもん。ダスターさんは事が起こった後の対処に頑張ってもらえれば十分だ。
「えーとですねぇ、妖精様はお酒マンがどうのとか言ってました」
「お酒マン? 何ですかそれ?」
「ぁ……、俺も聞いたな……、それ」
「え!? ホントですか!? いつ? どんな感じで? 他に何か言われました?」
ダスターさんも同じこと言われてたってことは、いよいよ大事な予感がびんびんしてきた。ちょっとマズいんじゃないのかなこれ。
「……ぁ、えーと……、ドラゴン襲撃位置の調査、の、ときだな」
「えー!?」
ここにきてまたドラゴン!?
「妖精様が動くほどの大騒動の前兆、それをドラゴン襲撃位置調査のときに伝えてくるなんて、とても無関係とは思えないですよぉ!」
「なるほど、確かに大事の予感がしてきましたね。しかし帝国やエネルギア関連の問題はほぼ片付いているのでしょう? それ以外に何か騒動になるようなことなんてあったかしら……?」
「うーん、思いつきませんねぇ」
でも未来を見通すって言われてる叡智の妖精様がわざわざ伝えにきたんだ。今から対策しとかないととんでもないことになる気がするよ。うぅ、ドラゴンに関係するすごく恐ろしい何か……。
「……ああ、ありましたね」
「え?」
「第2王子殿下は現在妖精様から勇者として鍛えられているとか。王城で下働きをしている者達の間では、もっぱら魔王対策だと噂らしいですよ」
「え、魔王? 南の"塔"派の聖典に出てくるっていう悪の魔王ですか?」
「さぁ?」
「さぁって……。でもホントに魔王関連ならお酒マンは魔王ってことです? 第2王子殿下ってあの臭い王子ですよね? あの王子殿下が魔王討伐に?」
「さぁ?」
「もー!」
すごくヤバいことになるかもしれないってのに、どうして先輩はそんな涼しい顔ができるの?
むぅ、でも魔王をお酒マンなんてちょっと弱そうな呼び方するかな? うーん……、いくら考えても分からないなぁ。
お酒マン……、いったい何なんだろ?
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