191. 王国へ

 帝国を横断し終え、そろそろ王国へ入るそうです。聖王国を出て早20日程、初めての国外にしては遠くまで来たものですね。


 長旅など初めてですが、一行は通常よりかなり早く進んでいるように思います。休憩もあまりなく、ほとんど1日進み続けているのです。

 途中、帝国中央の帝都では戦後の話し合いがあると聞いていましたが、帝都の滞在は3日のみでした。王国と帝国の話し合いに、王太子殿下は1日しか参加されなかったようです。



「聖女エフィリス、ここから山道となります。お疲れではありませんか?」


 同じ馬車に乗るアーランド王太子殿下が爽やかな笑顔で話しかけられてきました。聖王国から帝都まで馬車は私が乗ってきていた1台限りでしたが、今は帝都に用意されていた王国側の大きな馬車にアーランド王太子殿下と同席しております。もちろん2人きりと言う訳ではなく、侍女なども同席しておりますよ。


 帝都に残って帝国と話し合いを続けていた王国側使節団と合流したため、一行は80人ほどの大所帯となっているのです。私が元々乗っていた馬車は、今は私の荷物のみが乗せられている状況です。他にも文官が乗る馬車や積み荷が満載されている馬車など、いくつかの馬車が一行に加わっています。


 中でも気になるのは、大きな魔力を持つ何かですね。強力な魔道具でも運んでいるのでしょうか。



「いえ、私は馬車に乗っているだけですので。アーランド王太子殿下の方がお疲れでしょう」


「アーランドで良いですよ。私もそれ程疲れてはいませんね」


 にこりと笑うそのお顔には確かに疲れなど見て取れません。しかし帝都まではずっと馬に乗っておられましたし、帝都で1日休めた私と違い王太子殿下は帝都滞在中もずっと忙しそうにされておりました。疲れていないことはないと思うのですが。



「アーランド様……。エフィリスと呼んでください。既に聖女の任は解かれておりますので。敬語も不要です」


「そうか……。すまないね、急ぎ足で休憩も碌に取れなくて。雪が積もるとやっかいだ。なんとか積もる前に帰り着きたくてね」



 これまでの会話で、王国では昨年まで雨や雪がほとんど降っていなかったと聞いています。それが、今年は妖精様のおかげで天候が正常に戻ったため、もういつ雪が積もりだしてもおかしくないという状況のようです。


 夏の大雨は土を蒸したような匂いで前兆が分かりますが、冬の大雪は突然降り出しますからね。ここまでの道中でも雪がぱらつく日が既にありました。


 それにしても妖精様、ですか……。ファルシアン王国は妖精信仰ではなかったと記憶しているのですが、外との交流が少ない聖王国の知識はあまり当てになりませんね。



「王都に着けば、少しの手続きの後ゆっくりしてもらえると思うのだけど……」


 アーランド様は心配そうに外を眺めておられます。

 あまり慣れていない相手ということもあり、会話が長く続きません。いえ、アーランド様は様々な話題を振ってくれているのですが、会話が続かないのは私の受答えが短いせいでしょう。これまで人との交流などほとんどなく聖女業務と妃教育のみを続けてきた弊害ですね。


 アーランド様は聖王国の事情などを訊きたそうにされている雰囲気を感じますが、どこまで踏み込んで良いものか迷っておられるのでしょう。私も王国側の情報をどこまで訊いて良いのか判断できませんし……。



 会話もなく、シンと静まり返った世界に馬の蹄音と馬車の音のみが響く時間が長く続くと、どうしても様々な不安が頭を巡ります。これからの自分のこと。残してきた妹のこと。


 聖女業務は光の玉に魔力を注ぐだけという簡単な仕事しかありませんが、それでも何の引継ぎもできなかったことは少々心残りがありますね。次代の聖女となった妹が困っていないか心配です。



 王国に入るには国を隔てる山脈を越えねばなりません。その山越えの道に入ると少々変わった景色が見えてきました。周りの木々が不自然に切り倒されているのです。


 私は妃教育と聖女業務以外のことに関してはほとんど知識がありませんが、この光景がおかしいことくらいは分かります。斧で1本1本木を切り倒したのではなく、なにかとても大きな非常に切れ味の良い刃物で、数本の大木を纏めて斬ったように見えます。2、3本ずつ、5、6本ずつと切り口の高さや角度が揃っており、切り口も非常に滑らかです。


 王国と帝国の戦の痕跡でしょうか。どのような戦い方をすればこのような戦場跡になるのでしょう。

 それに、ここはまだ帝国領の筈です。帝国から侵略戦争をしかけられた王国側がここまで押し返したと言うのですか。


 山を越え王国領に入ると、倒木や目立った痕跡などはなく、戦争時に王国側にはほとんど被害がなかったのだと想像できました。どうやら圧勝だったようですね。



「見えてきたね。今日はあの砦に滞在する予定だよ」

「はい」


 夕暮れ前に見えてきた砦は、西日を浴びて黒々とそびえ立っています。あの砦は帝国との戦争で最前線となっていた筈ですが、被害があったようには見えません。やはり王国の圧勝だったのでしょう。


 帝都での戦後の話し合いが短かった理由が分かった気がします。あの短さから想像しますと、王国が一方的に帝国へ要求を出しただけなのでしょう。帝国は冬の間に答えを用意するといった感じなのではないでしょうか。



 砦に入ると帝国とはまた違った様相を感じ取ることができました。出入り口や細い通路など至る所に布が掛けられているのです。あれらは寒さをしのぐ工夫でしょうか。妃教育で習ったファルシアン王国の文化の知識にはなかったモノです。


「無骨で申し訳ないね。何分つい先日まで実戦で使用していた砦なもので」


「いえ、色々と新鮮です」


「王都まで行けば大分華やかになるんだけどね。長く続いた貧困も終わったので、今後は王城も内装に力を入れるらしい。それに王城に住めばエフィリスも妖精様にお会いする機会があるだろう。私はあまりお会いする機会がなかったのだけどね」


「はい」


 妖精様にお会いする、ですか。実際に妖精が城内に出没するなどあり得ませんから、ファルシアン城には妖精様を祭る神殿が敷地内にあるということなのでしょう。それとも城内に祠などが設置されているのでしょうか。


 これまでの会話から、ファルシアン王国では妖精が宗教的に重要な位置づけとなっていることが分かります。その妖精様の神殿か祠には、早めにご挨拶に向かった方が心象は良いでしょうね。


 聖王国では聖女は精霊や妖精と対話できるということになっていますが、それを王国も知っているのでしょうか。妖精との対話で啓示を受けろなどと要求されると、少々やっかいですね……。


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