093. 帝国の認識

「スタンピードは完璧に防衛され? 敵城襲撃は失敗? 最も重要な内通者であったバスティーユ公爵も使い捨てた形となって? あちらの魔術師は呪い返しで死にかけているまま? この惨状もそちらの想定通りなのかな、大臣殿?」


 第一皇子派の元帥がまるで自分の手柄のように失敗を指摘してきおる。しかしここまでの失敗、何を言い募ったところで取り繕うことはできんだろう。まさかここまで何一つ成果を上げることなく防がれるとは思わんかった。


「聞けば作戦前から間諜と連絡が取れておらんかったそうだな? 何故そのような状況で決行したのか」


 そうだ。思えばあのふざけた報告から全てが狂ってしまったように思う。あの報告以降、王国に忍ばせておった間諜共と満足に連絡が取れんくなってしもうた。何が「ああ、愛しの妖精殿」だ。この惨憺たる現状も全て妖精の仕業と言うのか。


「状況としては完璧でしたのでな。仕込みも万全、多少のトラブルは付き物ですぞ。こちらが失ったのは1大隊のみ。それに対して王国側は王都どころか王城内にまで攻め込まれたのです。当分、王国は混乱したままでしょう。それに、もともと決戦はガルム期という話だったではないですか」


「仕込みも万全? たしか、夏頃には王都で病が広がるとか言っておらんかったか? 今はもう残暑、大臣殿の夏はいったいいつまで続くのだろうな?」


 確かに。王都地下に仕掛けた毒袋はすでに効果を発揮しておっても良いタイミングだ。しかし王都で病が流行っておるような気配は見て取れん。おそらく雨が降り出した際に捕えられた間諜共から情報が漏れ、対策されてしまったのだろう。


「それに? ポーションを複数ルートで買い込みポーション不足に陥らせる? 王都では非常に効果の高いポーションが大量に出回っているそうではないか」


 それも誤算だった。間諜共とは連絡が取れんかったが、現場の判断で回復魔法を持つ妖精を王都から引き離すことには成功していたらしい。そして確かにポーションは不足していた。それが、どこからともなく奇跡のポーションとか呼ばれるふざけたポーションが大量に出回ったという。


「いやはや元帥閣下、奇跡のポーションでしたかな? 聞けば1瓶で瀕死の淵から完全回復するという話ではないですか。そのような効果の高い薬、神話時代の資料にも存在しておりませぬよ。おおかた報告が多少大げさになって上がってきたのでしょう」


「ふむ? ではどのようにしてスタンピードを乗り切られたのだろうな? 死傷者ゼロという話が本当であれば、稀に見る偉業と言わざるを得ん。回復薬もなしに成し遂げられるものだろうかな?」


 こちらがミスした時ばかりネチネチ、ネチネチと。これだから人のミスを指摘するしか能のない奴は好かんわ。


「で、敵城襲撃では爆裂魔法を連発する妖精にやられた? 妖精は南に誘い出せたのではなかったか? 1匹しかおらんのだろう? さらには魔法の刃を飛ばす剣? そのような剣、神話の遺跡からも出土したことなど無いわ。子供向けの絵本ですら、王子様はもう少し現実的な武器を使っておるよ。そんな御伽話を言い訳に出してくるなど、大臣殿もそろそろ引退を考える時期でしょうかな」


 こ奴め、言いたい放題言いおってからに……。


「しかしもう後には引けなくなった。帝国兵を捕虜に取られ、物的証拠を握られたのだ。これまでのように我々の関与を隠し続けるなど不可能。ガルム期には開戦せざるを得ない」


「分かっておりますとも。もともと予定していた開戦です、問題はありませぬよ」


 10年かけた作戦の1つが失敗しただけだ。もともと開戦して正面から落とす予定だったのだ。雨が降り始めたとは言え、今年の収穫を迎えるまでは王国の不作による国力低下は回復せん。負ける筈がなかろう。



「王国が、我々帝国の工作を開示して近隣諸国の協力を取り付ける前に、戦に勝って王国の言い分を潰すしかもはや道は残されておらんのだ。いったい誰のおかげでしょうな?」


「ふん。まぁ、見ていなされ。最後に勝てばいのです」


 人のミスの指摘ばかりで行動しない第一皇子派では勝てはしまい。しかし、魔法の刃を飛ばす剣とやらはやっかいだ。



 なんとか奪えんものかな……。


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